物語から、あえて“日常性”を奪う「不条理演劇」。50年代に欧米で勃興したこの前衛劇を、日本で展開した劇作家が別役実さん(79)である。だが、現実そのものが不条理めいた世界で、私たちはどのようにして社会を見つめていけばいいのだろう。
そう問いかけると、別役さんは「希望の光は、あまり感じられない、という感じがする」と呟き、しばらく黙り込んだ。
「……未来へ向ける風穴が開かないという気分、これはやはりつらいものがあります」
そして、絞り出すように語ったのは、次のような言葉だった。
「しいて言うのであれば、『トータルな人間』の感覚をどうにかして取り戻す、ということでしょうか」
──トータルな人間?
「今の人々の生活は昔と異なり、あまりに複雑化した人間関係に取り巻かれています。以前は地域や家族、会社くらいだった関係性が複雑化し、錯綜してしまっています。いくつもの関係性を行ったり来たりして、その度に自分を分裂させているうちに、目の前で起こっていることが、自分の起こしたドラマだとリアルに感じられなくなってしまった」
──家庭、職場、学校。確かに私たちは、それぞれの場所でそれぞれの自分を演じているところがあります。
「それが『いま』という時代の特徴だと僕は思うわけです。分裂してしまった『個』を、再びトータルな個に繋ぎ直す。そうすれば、自分がいま・ここに存在している、という確かな感覚を得られるのではないでしょうか。そのためにはなるべく小さなコミュニティを大事にして、ローカルな場所で自分自身の存在を確認していくしかないと思います」
別役さんは同時に、そのような時代に「演劇」の果たす役割についても語った。