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2017.03.18 16:00  SAPIO

勝海舟の「先見の明」 実はコピペとリライトで作られた

 海舟は自分の功績を後年、『外交余勢』『開国起源』など多くの書に記した。しかし後世に書き残された海舟の書物は他書との相違点が多く、今では事実関係を鵜呑みにできない問題作扱いとなっている。76歳と長寿だった海舟が幕末を述懐する際、当時のキーマンやライバルはすでに他界しており、海舟は言いたい放題の立場でもあったことも影響しているだろう。

 1860年に咸臨丸で渡米したとき、海舟は『氷川清話』でこう書いている。〈おれが咸臨丸に乗って、外国人の手を少しも借りないで、アメリカへ行ったのは、日本の軍艦が、外国へ渡航した初めだ〉〈サンフランシスコ港へ着くと、『日本人が独りで軍艦に乗ってきたのは、これが初めてだ』といって、アメリカの貴紳たちもたいそう誉めて(後略)〉くれた、と勇ましい記述がある。

 別著『航米日誌』で自身も認めているが、実際は咸臨丸にはアメリカ人士官と部下が乗船し、海舟は船酔いで37日間の航海のほとんどを床に伏していた。同乗したジョン・ブルック大尉も日誌で「日本人は全員船酔だ」とし、操船はアメリカ人船員によって行われた。海舟が述べたように、日本人だけで航海を成し遂げた事実はない。

 どうも海舟の功績と人物像は、自身による大言壮語の武勇伝で作られたところも大きいかと思われる。“ハッタリ”でも言う時は言う性格が海舟の国際感覚を養ったのかもしれない。

【PROFILE】夏池優一/1975年、京都府生まれ。編集プロダクション、出版社を経てフリーに。主に歴史人物や現代のリーダーたちについて研究している。著書に『開国から終戦まで 日本近代史の大誤解』『幕末志士の大誤解』(ともに彩図社)など多数。

※SAPIO2017年4月号

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