しかし資金不足の人足寄場の運営に持ち出しを余儀なくされるなど平蔵の家計は借金まみれだった。そこで平蔵はもうひとつの顔を覗かせる。それは財テク投資家としての鬼平だ。
平蔵は銭相場に手を出した。幕府から金3000両(現在の貨幣価値で約3億円)を借り受け、銭貨を買い上げた。これにより、銭相場が高騰するとすぐさま売り払い、得た利ザヤを寄場の運営資金に充てることに成功した。
当時の銭相場は低迷しており、銭相場を引き上げたい幕府の思惑もあった。今で言えばインサイダー取引の疑いが強く、平蔵は仕手筋だったとも言える。
また自分の広大な旗本屋敷の土地を商人などに賃貸し人足寄場の運営資金に充当した姿は、さながらマンション経営者だ。ファンドマネージャーとしての平蔵は非常に有能だったのだ。
こうしたノウハウは、火付盗賊改方として裏社会に精通していたことなどで培われたのだろう。
しかし平蔵の財テクや能力は、実績に対して周囲からは白眼視されていた。平蔵は出世に縁のないまま、いち中間管理職のまま生涯を終える。
小説の世界では「御頭」と呼ばれていた鬼平だが、その素顔は役人として突出した能力を持ちつつも組織に認められぬ悲哀の人物でもあった。
【PROFILE】安藤優一郎/1965年、千葉県生まれ。文学博士。日本近世政治史・経済史専攻。近年は武士の生活文化の諸相について研究を進める。著書に『鬼平の給与明細』(ベスト新書)、『大奥の女たちの明治維新』(朝日新書)など。
※SAPIO2017年4月号