──罰則規定のない条例ならば、わざわざ作る意味はなかったのでは?
玉巻:努力義務なんて義務じゃないんだから存在意義はないという厳格な考え方ももちろんあるでしょう。法である以上はきちんと罰則を伴う法的義務を課さないと規制とはいえないと考える人は多いのかもしれません。
しかし、日本のいろんな制度をみると、義務違反に罰則をつけるような形になっていないことは往々にしてあります。
例えば、「行政機関個人情報保護法」は行政機関による市民の個人情報の取り扱いについて様々な義務を課していますが、義務違反について罰則を規定していません。個人情報保護法が民間事業者の義務違反について罰則を規定しているにもかかわらずです。
だからといって「行政機関個人情報保護法」自体が必要ないかといえば、そんなことはありません。受動喫煙防止条例も、義務がある以上は「電車内では体の不自由な人には席を譲りましょう」というような道徳倫理よりは条例上の義務だから、もう少し皆が守ってくれるのではないかと思います。
──ということは、国が目指しているように、ゆくゆくは「屋内全面禁煙」が望ましいということか。
玉巻:倫理的な「訓示規定」により、結果的に屋内禁煙が広がっていくことは望ましい形ですが、喫茶店の客席でコーヒーを飲みながら一服して疲れを癒やしたい人がいるのは事実。その場合、受動喫煙被害を強いられる人が生じない環境の確保を図ればよいのであって、たばこを吸うライフスタイルを持っている人の自由を完全に奪うのはどうかと思います。
だから、大原則は禁煙でも、たばこが好きな店主とスモーカーの常連客が多い喫茶店、運転手も乗客もたばこを吸うタクシーなどは経営者の判断に委ねて一部で喫煙可とする例外ケースはあっていいと思います。ただし、その場合は受動喫煙不可避な場所であることを簡単に認識できるようになっていることは必要でしょう。
分かりにくいかもしれませんが、屋内喫煙そのものを悪しき行為として規制するということと、健康被害を生じさせる受動喫煙を防止するために必要な屋内喫煙規制とは、同じ屋内喫煙規制といっても目的・形態がまったく異なるということを見落としてはいけません。