玄界灘の洋上に浮かぶ周囲わずか4kmの孤島・沖ノ島が注目を集めている。 古代4世紀後半から9世紀にかけて、国家による祭祀が行なわれた「神の島」。7月9日に世界遺産に登録されたが、一般の入島を禁ずるという掟は守られ「上陸できない世界遺産」という稀有な存在になっている。
その沖ノ島を宗像大社の特別な許可を得て、3度にわたって上陸して島の全貌を撮影し、近著に『沖ノ島 神坐す「海の正倉院」』がある藤原新也の「沖ノ島写真展」(日本橋高島屋)が、写真展としては異例の集客をみせる賑わいを見せている。
今から34年前、インドを旅したひとりの青年は、バックパッカーの常宿で過去の宿泊客がおいていった一冊の本を手にした。『印度放浪』。1972年に刊行された藤原新也の処女作である。生と死や人とは何かを問いかけるその本は、当時の若者に熱狂的に受け入れられた。
本を手にしたのは若き日の安部龍太郎。当時28歳で作家としてデビューする4年前だった。なにげなく手に取った『印度放浪』に安部は一気に引き込まれた。安部に限らず、インドを旅する者の多くは、日本では失われてしまった何かを見つけることができるかもしれないという期待を少なからず胸に秘めている。しかし、そのインドの地で出会ったのが、日本人である藤原の作品だったのだ。
「日本にもこんな生き方をする人がいるんだ」
衝撃を受けた安倍は、以来、藤原という男に畏敬の念を抱き続けてきた。
やがて歴史作家として大成する安部龍太郎が、藤原新也その人とともに福岡県の玄界灘沖に浮かぶ沖ノ島にわたったのは、2012年のことだった。それから5年。沖ノ島渡島の翌年に安部は『等伯』で直木賞を受賞、今年、沖ノ島は世界遺産に登録された。