【著者に訊け】桜木紫乃さん/『砂上』/角川書店/1620円
【本の内容】
デビューして10年。「1本1本デビュー作みたいな気持ちで書いて来た」と言う桜木さんが、読んだ人に登場人物の心の動きが理解してもらえるか「いつも以上におっかなかった」と話す本作。主人公はいつか作家になりたいと夢見る柊令央。彼女のもとに女性編集者が訪れて、人生は少しずつ形を変えていく。母が残した秘密、妹との関係、そして書くことへの執念。作家が目の前の出来事をどんなふうに見て、小説の糧にするのか、心情が描かれる。
デビュー10年の年に発表した作品は、書き手と編集者をめぐる物語になった。
「10年を意識して題材を決めたわけではないんですが、結果的に節目になる一冊となりました。これまで私を担当してくれた歴代担当者へ『ありがとう』の意味も込められています」(桜木さん、以下「」内同)
北海道・江別の町に暮らす柊令央は40歳。元夫からの慰謝料と、幼なじみの経営するビストロでのアルバイトで何とか生活している。ひそかに小説やエッセイを書いて出版社の賞に応募している令央のもとに東京から編集者が訪ねてくる。小川というその女性編集者は、令央の書くものに「主体性がない」と厳しいことばを浴びせつつ、小説を書くようにいざなう。
「『主体性がない』というのは私がいつも自分について思うことです。この小説の設定はもちろんフィクションですが、唯一作りものじゃないと思うのが、書き手の頭の中の動き。日常生活であまりものを考えないところなんかも正直に書いてしまいました」
令央には秘密がある。それを共有していた母は亡くなり、令央はその秘密を小説に書く決心をする。いままで他人任せに生きてきた彼女が、書き直しの過程で自分と母の過去に初めて向き合うのだ。
令央が書く小説の中で、母娘三代の物語が劇中劇のように明らかになるが、小説の中心をつらぬくのは、令央と小川との、作品を産み落とすまでの火花を散らすヒリヒリしたやりとりだ。
「経歴を詐称するかどうかはともかく、私を担当してくれた編集者はこれぐらいのことは言います。ただ、言うことは冷徹でも小川はものすごい優しい編集者だと思うんです。こんな人がいて、ついていくことができれば、誰でも一作は書けるんじゃないでしょうか」
読み手のような気持ちで、この『砂上』を書きすすめていった、と桜木さん。
「小川という人物をつくる過程で、自分が編集者から教えてもらったこと、言葉の意味や込められた気持ちに、書きながら『なるほど』と気づくことが一度や二度ではなかったです」
初版印税の「四十数万円」という数字を含め、「小説を書くこと」をリアルに体感させる小説である。
■撮影/五十嵐美弥、取材・文/佐久間文子
※女性セブン2017年11月9日号