Aさんは、その言葉をそのまま係員に伝え、カップルとコンビニに向かう。すると最初に遭遇したスーツ姿の男性が、多量の血を流してコンビニの外に倒れていた。
「おそらく日本刀で斬りつけられ、右腕で防御しようとしたんだと思います。右腕から右肩にかけてパックリ斬られていて、胸にも大きな刀傷がありました」
事件が起きた当初は、周辺は静けさに包まれていた。しかし、すぐ騒ぎになって、多くの野次馬が赤い橋の方に向かおうとしていた。彼らは、犯行に及んだと思しき女が、日本刀を持っているなんて知る由もない。若者はAさんの制止を振り切り、「心配だから、見てきます」と言って、赤い橋の方向に走ってゆく。
その間、警視庁への電話はつながったままだった。しばらくして救急車、そして制服を着た警官がさすまたを手にして到着し、Aさんは電話を切る。通話時間は7分だった。わずか7分間の出来事だったことが、Aさんにはとても信じられなかったという。
すると警察官とすれ違うようにさっきの若者が戻ってきて、その無事を確認したAさんは胸を撫で下ろした。そして、ふたりはこんな会話を交わしたという。
若者:「あっちで人が死んでいました……」
Aさん:「エッ、人が死んでいたんですか!? 何色の服を着ていましたか?」
若者:「白です」
Aさん:「さっきの日本刀を持った女は黒い服を着ていた。犯人は、複数いるのかもしれないですね……」
若者:「(コンビニに倒れている)男性は僕が止血しました。たぶん、助かります。でも、白い服を着た女性は、首元に折れた日本刀が刺さっていました。既に血が出きっていたので、即死だと思われます……」
その時、Aさんは初めて、若者の両手が血まみれだったことに気付く。コンビニで買い物をしていて事件に遭遇した若者の迅速な処置が、スーツ姿の男性の命を救った。
まもなくパトカーが到着し、すぐに規制線が貼られた。目撃者が集められ、事情聴取が始まった。目撃者の間では当初、通り魔の疑いが持たれていた。
「通り魔で犯人がつかまっていないなら、さらなる犯行を繰り返すかもしれない。僕には同居している彼女がいるんですけど、仕事中の彼女に連絡を入れて、今日はタクシーで帰ってくるか、会社に泊まるかした方がいいと伝えました」
そう語るAさんは、一方で、現場で目撃した状況から怨恨が理由の殺人事件ではないかと推察していた。
「赤い橋からコンビニまで血痕が残っていたので、僕が目撃した時には、スーツの男性は既に深手を負っていたかもしれない。だから、男性を追っていた女も、ゆっくり、余裕を持って追いかけられたのではないでしょうか。それに、コンビニから赤い橋の方向へ戻って行く姿が、どこか風を切るような、達成感があるような歩き方に見えたんです。もちろん、これは事件の全容がある程度、見えてきた今だから思うことかもしれませんが。それに複数人による犯行だというのは分かっていました。男女で凶行に及ぶ通り魔なんていないじゃないですか」