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『麒麟児』 冲方丁が描く江戸無血開城に至る運命の48時間

新たな幕末小説を綴った冲方丁さん(撮影/五十嵐美弥)

【著者に訊け】冲方丁さん/『麒麟児』/KADOKAWA/1728円

【本の内容】
 慶応4年(1868年)3月13日、14日に行われた勝海舟と西郷隆盛の会談。5万の大軍を率いる官軍の将・西郷に対し、勝は江戸の町を焼き尽くす「焦土戦術」を切り札に和議交渉に臨んだ。「江戸無血開城」はいかにして成し遂げられたのか。2人の麒麟児による運命の48時間を克明に描く歴史長編。

 幕末を書くなら「江戸無血開城」を書きたいと、ずっと思っていたそうだ。

「教科書なんかだと一行でさらっとすませてしまいますけど、本当に歴史的な偉業で、『江戸無血開城記念日』を制定すればいいのにと思うぐらいです。現代に東京という都市が今の形で存在しているのも『無血開城』があってこそ。もし交渉が不調に終わり焼き払われてでもしていたら無残なことになったはずで、国は疲弊し、主要港は香港のように外国領になったかもしれない。すべてを回避したのが2人の『麒麟児』です」

 和議交渉にあたったのは、江戸幕府側が勝海舟、官軍側が薩摩藩の西郷隆盛である。

「薩摩人、会津人、長州人と、藩ごとに言葉も従うべき法も文化も違う。『外国人』のように、互いに意思疎通も充分できなかった時代に、『日本人』という一段、上位の概念を掲げて戦を回避した。これを偉業と言わずなんとする、というのがぼくの主張です」

 無血開城前後の動乱の日々を、江戸にいる勝の視点から描き出した。勝も西郷も、交渉には命を賭してあたっている。主君から裏切られ、味方の中にも敵ばかりという状況で、敵の中に信頼できる相手を見出し活路を開く。ひとつ読み違えれば破滅につながり、心理戦の息づまる駆け引きが続く。

「結局は人間性でしょうね。勝のすごいところは、薩摩の、今でいうテロリストを殺さず、交渉の使者に使ったりする。あいつは敵方に通じてるんじゃないかと疑われる危険な行為も辞さず、相手も同じ人間だという認識のもと自分の理想を追求した。勝も西郷も、貧者救済を最優先したことも共通しています」

 西郷のすごさを誰よりわかっていたのも勝だ。江戸の町を救った2人は政治的には不遇な立場で、便利に使われるが用がすんだら邪魔にされるという点でもよく似ているのがやるせない。

「人間は、過去のくびきから自由になるために、歴史を学ぶべきだと思うんです。今、幕末から明治期にかけて学ぶべきは、混沌とした状況に置かれても、理念を失わずこうして生きた人たちがいたと知ることじゃないでしょうか」

◆取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2019年2月28日号

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