僕は一度だけ、小三治と扇橋の対談を観たことがある。2006年4月15日、(東京都北区の)王子・北とぴあの「小三治・扇橋二人会」だ。僕はこのときのまったく噛み合わない、でも実に楽しいムードの会話を聞いて、「これはリアル『長短』だ!」と思った。小三治の『長短』を聴いていると、気の短い短七が小三治、気の長い長七が扇橋と重なるのである。

 扇橋自身が高座で「小三治の『千早ふる』で泣けちゃった」と語るのを僕が聞いたのは2007年11月29日、調布で開かれた「小三治・扇橋二人会」でのマクラだ。その後で扇橋が演じたのは『三井の大黒』。それを聴いた小三治はこう言った。

「今、数多くいる噺家の中で、私は扇橋が一番好きです。噺の型の中に扇橋という人間が表現されていて、とても素敵な世界がある。私もいつか、ああいう噺家になりたい」

 そして、思えばあの日も小三治は『千早ふる』を演ったのだった。

 延べ1時間半に及ぶ「扇橋の思い出」、そして『千早ふる』と『長短』。小三治ファンとしては感無量の「扇橋に捧げた独演会」だった。

●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。

※週刊ポスト2019年10月4日号

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