有給休暇を取りづらいのも、男性の育児休業が広まらないのも、体育会系な暗黙のプレッシャーが原因だと、サンドラさんは言います。働く女性が出産する場合も、周囲に遠慮しなければなりません。子育て中の女性もしかり。それでいて偉い人たちは女性に責任と頑張りを押し付けています。そんな状況で出生率が上がるわけがありません。
どうやら私たちは、新型コロナウイルスの拡大を抑えるためにも、ブラックな働き方や女性差別や同調圧力といった日本の諸問題をいい方向に変えていくためにも、社会やひとりひとりの心の中に巣食っている体育会系ウイルスを撃退する必要があるようです。体育会系がもたらす「負の連鎖」を断ち切るには、どうすればいいのか。
「今の日本社会は、とにかく楽をさせたがらない、楽を悪だと考える社会なんだと、まずは頭の片隅で意識したいですね。その上で、自分がなるべく楽をすることを考える。具体的には、有休をちゃんと取るとか、体調が悪いときは休むとか、今の会社が“ブラック”だと思ったらさっさと辞めるとかですね。逃げるのは悪いことではありません。頑張っても仕方がないところで頑張るなんて、自分を粗末に扱い過ぎです」
自分に我慢を強いるだけでなく、他人の「楽」や「得」を許さないのも、体育会系の困った特徴のひとつ。今日もネットやSNSでは、自分より恵まれているように見える人のアラ探しをして、不毛なバッシングに情熱を燃やしている気の毒な人がたくさんいます。「近ごろの若者は」と文句ばっかり言っているオヤジや、自分を正当化しながらパワハラに精を出すオヤジも少なくありません。
「自分がつらい目に遭っていると、他人の『楽』や『得』が許せなくなります。長い有給を取った後輩にムカついたり、芸能人の不祥事に本気で腹が立ったりしたときは、自分が理不尽につらい状況に置かれているんじゃないかと疑ってみたほうがいい。他人のことにやたらムカついてしまうのは、体育会系ウイルスが暴れ出す初期症状です」
自分の状況を見直して、無理な我慢や頑張り過ぎを早めに改善できれば、不毛な怒りに包まれるというタチの悪い症状を抑えられます。自分が楽な状態にないと、他人にやさしくしたり大らかな目を向けたりすることはなかなかできません。
「ハーフの私が批判的なことを言うと、『そんなに日本が嫌なら日本から出ていけ!』という声が飛んできます。私は日本を愛していて、これからも日本で暮らしたい。だから、ふたつのルーツを持つ私の目で見て感じた疑問を伝えて、少しでも役立ててほしいんです」
この本で批判している「体育会系」も、ドイツ的な感覚や経験をベースに持つ彼女が書いたからこそ、日本独自の厄介な問題点がクッキリと浮かび上がっています。新しい視点を与えてもらったことに感謝こそすれ、ムカつく必要はカケラもありません。ずっと感じているモヤモヤの正体を突き止めたい人に、とくにオススメ。反射的にムカついた人も、この本を読めば体内に増殖している体育会系ウイルスを退治できるでしょう。
【PROFILE】サンドラ・ヘフェリン/エッセイスト。ドイツ・ミュンヘン出身。日本在住22年。 日本語とドイツ語の両方が母国語。自身が日独ハーフであることから、日本とドイツを比べながら「多文化共生」をテーマに執筆活動をしている。ホームページ「ハーフを考えよう!」http://half-sandra.com/ 著書に「ハーフが美人なんて妄想ですから!!」(中公新書ラクレ)、「満員電車は観光地!?」(流水りんことの共著 / KKベストセラーズ)、「体育会系 日本を蝕む病」(光文社新書)など。