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2020.05.27 16:00  週刊ポスト

お化け番組『番頭はん』『てなもんや』生放送で一発撮りの奇跡

大村崑氏は丁稚役で大人気に(時事通信フォト)

 新型コロナウイルスの感染拡大にともない、各局のバラエティ番組が軒並み収録中止となり、過去の総集編を流す状態が続いているが、こんな時に懐かしくなるのは、お笑いの本場・関西発の「伝説のバラエティ番組」の数々だ。1950年代から1960年代にかけては、関西局制作のバラエティ番組は生放送でお茶の間を沸かせた。

 横山エンタツが主役の『ダイハツコメディ やりくりアパート』(1958~1960年、大阪テレビ放送、現・朝日放送制作)、最高視聴率62.3%を記録した『番頭はんと丁稚どん』(1959~1961年、毎日放送)からはじまる丁稚(でっち)どんシリーズ、あんかけの時次郎(藤田まこと)と小坊主の珍念(白木みのる)の珍道中という設定の『てなもんや三度笠』(1962~1968年、朝日放送)も最高視聴率64.8%を記録し“お化け番組”と呼ばれた。

 これらの番組の特徴は、生放送ならではの熱気だった。『てなもんや』では収録もあったが、当時の技術では編集できず、一発撮りだったという。『てなもんや』のプロデューサーを務めた澤田隆治氏(87)が言う。

「『番頭はん』や『てなもんや』の“ストーリーがあるコメディを、お客さんを入れて、客席の笑いとともに見せる”というスタイルは、上方コメディの特徴となり、関西発で全国ネットにも受け入れられました」

 丁稚役で全国的な人気者となった大村崑氏(88)は「今のお笑いでは再現できない部分があった」と語る。

「当時は脚本の花登筺先生から『お前は俳優やない、体優(たいゆう)や。体を張ってやれ』と言われ、稽古から必死でした。稽古で台本にないアドリブを入れて、監督の顔色を見る。板の上の修行で鍛えられました。そうした経験がないから、今の芸人は“使い捨てライター”のように数年で消えてしまうのではないか」

※週刊ポスト2020年6月5日号

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