一方で、そんなゆとりや奥行きがあるお店がいま、コロナで危機に瀕しているんだと思うと、切なくもなります。疾患を持ったお年寄りがかかると重篤になる可能性が高いので、ぼくなんかも、いまは行きたいけれど我慢しています。
こういうところの良さは「密」なんですよね。乾杯から始まって、心の触れ合いがあって…密だから良かったんです。
先日もトークイベントで名古屋に行ったんですが、以前のように密というわけにはいかず、2か所にわけて距離も置きつつ、あっちに行ったりこっちに行ったりしながら喋っていたのですが、いろいろ話を聞いていると、みんなが求めているのはこの、ちょっと前までは当たり前に日常にあった『トラとミケ』のような世界だとわかります。みんな『トラとミケ』のようなお店を、心の支えとして求めているんですよ。
ぼくはそうしたお店を何軒も回っていて、続いているお店も閉めざるを得なかったお店もありますが、それはそれとして、やっぱり何としてでも残っていてもらいたいと思いますし、応援していきたいとも思っています。密をどうしたら取り戻せるか、答えはなかなか出せませんが、こうした場所の心地良さや味わいを人が簡単に忘れ去ってしまうことはないと信じています。その良さが、この作品にしっかりと受け継がれているということに、ぼくは希望を感じてうれしくなりましたし、またこういうお店に行って、密に飲み交わしたいというのが、いまのぼくの心の支えかなと思いますね。
【プロフィール】
吉田類/よしだ・るい。1949年生まれ。『吉田類の酒場放浪記』(BS-TBS)でおなじみの酒場詩人。全国津々浦々の大衆酒場を巡る。著書も多数。
※女性セブン2020年7月30日・8月6日号