著者は日米修好通商条約調印が不可避だと朝廷に説明するために、成算なく上京して勅許を拒否された老中・堀田正睦にも厳しい。堀田は幕威を落すために京都に出かけたと言われても仕方がない。これと比べると、政争や情勢分析の失敗を重ねながらも、次第に経験と粘りを増す松平春嶽への冷静な評価が際立つ。
建設的対案をもたずに御三家の権威をふりかざす水戸斉昭らに対して、門閥譜代を率いて幕政を主導する井伊直弼の決断力とリーダーシップの苦労にも目配りを怠らない。著者のしっかりした史眼と文章力には誰が読んでも感心するだろう。
※週刊ポスト2020年8月28日号