岐阜城は「復興天守」(写真/共同通信社)
各地にある天守の過半は史料に基づかずに“再建”されたわけだ。
『麒麟がくる』に登場する城も分類は様々だ。光秀が信長を訪ねた小牧山城は西本願寺の飛雲閣をモデルにした「模擬天守」で、斎藤道三(本木雅弘)が拠点とした稲葉山城は信長が攻め落として岐阜城となるが、現在あるのは鉄筋コンクリート製の「復興天守」。光秀が築いたとされる福知山城は絵図をもとにした「復元天守」だ。現地を訪ねて“実物”を眺めても、当時の姿が再現されているとは限らないのである。
「こうした状況は1960年代の“城の復興ブーム”に起因する。史料がないのに、観光客目当てであちこちに天守が建てられた。根拠に乏しいものが多くなったため、1991年に国は城の天守などを復元する際の基準を設けるに至りました」(関西在住の郷土史家)
厳しい基準が設けられ、平成以降は史料が不十分な復元は認められなくなった経緯があるのだ。
※週刊ポスト2020年9月18・25日号