主治医のコンリー医師も治療の経緯や詳細は明かさず(CNP/時事通信フォト)
医学的、科学的、そして企業活動として、そうした研究や開発が大きな意義を持つのは確かだろう。しかし、アメリカではこれが別の問題を引き起こす。この胎児由来の細胞を使った研究には、キリスト教福音派の一部や保守系団体が猛然と反対しており(つまり「神の領域」を侵す行為だという点で)、かつて共和党のブッシュ大統領(子)は、この細胞を使った研究に大きな規制をかけざるを得なかった。
そして、トランプ大統領もブッシュ政権と同様に、この研究に対して厳しい規制をかけている。2019年には、中絶によって得られた胎児組織を使用した研究に対する連邦予算からの援助を停止し、「人間の尊厳を高めることは、トランプ政権の最優先課題の一つだ」と、その理由を説明していたのである。
今回の治療は、自らの命を守るため、政権の方針も支持者への約束も投げ捨てて未認可の新薬に飛びついたということになる。治療が功を奏したとしても、これは政治的には致命傷だ。最大の支持基盤であるキリスト教福音派からは総スカンを食うだろう。
もちろん筆者は、そのような研究が倫理的、道徳的に良いものか悪いものかを判断する立場ではないし、その知見も足りない。しかし、国民や研究者や企業には倫理を説いて規制をかけ、一方で自分だけは例外で特別枠に置くという行為は政治的に許されないと考える。トランプ氏にとって、天下は天下のためにあり、その天下とは自分自身だというなら、もはや天下人の資格はないのである。