観測対象から「動物」の全廃が発表された気象庁の「生物季節観測」
森田さんが懸念するのは、これにより日本全体から季節感が喪失するのではないかということだ。
「生物季節観測のデータはテレビ局に提供されて、『〇〇で桜が開花しました』『〇〇でツクツクホウシが初めて鳴きました』などとニュースで映像とともに紹介されます。気温が1℃上がったことを伝えるより、生物や植物を通した方が視聴者にわかりやすく伝わる。こうしたニュースによって四季の訪れを感じている人も多い。これがなくなったら、花鳥風月を愛でる日本人の美意識も喪失するのではないかと怖くなります」(森田さん)
なぜ気象庁は大リストラに踏み切るのか。気象庁観測整備計画課の担当者はこう説明する。
「そもそも季節観測は10~20年に1度のペースで見直しており、人員削減や予算がらみの処置ではありません。動物については、気象台の周辺の生息数が減ってきたことが理由として挙げられます。
また、ここ20年で気候が大きく変動し、動物や植物が初めて鳴いたり現れたことを観測できた時点で、すでに季節が移り変わっているケースが目立つようになった。観測から四季の移り変わりを読み取れなくなったことも、今回の見直しの要因です」
つまり、「ホーホケキョ」とうぐいすが鳴いたからといって、それが春の訪れを示すのではなくなったということ。通常ならば暖かい年は早く鳴き、寒い年は遅く鳴くはずだが、個体数の減少により、初鳴きを観測したときには、すでに春が到来しているケースが増えたというのだ。だが森田さんは、観測が難しくなったことと、観測をやめることは別の話だと指摘する。
「いちばんの問題は観測を廃止すると、これまで67年間積み重ねてきたデータが無意味になるということ。一度やめてしまえば気象現象が自然現象にどう影響を与えたかを検証できず、動植物が長期間でどう推移したかも把握できなくなります。
例えば、いまは都市周辺で見られなくなったトノサマガエルは、ずっと観測を続けていたからこそ、都市化の影響で姿を消したと判断できたのです。これまでに培った観測データは未来へのバトンなのです」
国立環境研究所生態リスク評価・対策研究室長の五箇公一さんも「観測は続けるべき」との意見だ。
「もともとの目的は季節の移り変わりの把握だったとしても、いまは環境モニタリングとして大きな意味がある。本来いるものがいないことには大きな意味があるので、『鳴き声が聞こえない』『姿が見えない』ことも定点観測して記録しておくべきです。気象庁で難しければ環境省が引き継いでもいいので、貴重なデータ収集を継続することが望ましい」(五箇さん)
※女性セブン2020年12月17日号