母親役の岡江久美子さん(享年63)の急すぎる死から、1年も経たぬうちの父親役の死。1991年から1999年にかけて、8シリーズにわたって放送された昼ドラマ『天までとどけ』(TBS系)で、13人の子供がいる大家族の父親役を演じた綿引勝彦さんが昨年12月30日に膵臓がんで亡くなっていたことがわかった(享年75)。このふたりの子役への思いに改めて触れると、混迷を極めるいまの日本が忘れかけた、シンプルで美しい、笑顔あふれる家族愛が見えてくる。
コの字形の大きなテーブルを、13人の子供と綿引さん、岡江さんが囲む。『天までとどけ』の食事のシーンは、いつも賑やかで、元気に満ちて、見る者を温かな気持ちにさせていた。そんなシーンの裏側には、こんな秘話も。
「劇中では、お父さんの食べ物は辛いという設定になっています。子供たちに食べられてしまわないようにです。ただ、設定なので実際に辛くする必要はないのですが、お母さんが茶目っ気たっぷりに、お父さんのこんにゃくに大量のタバスコを振りかけて提供したことがありました。それを食べたお父さんは、あまりの辛さに耐えきれず、撮影が中断。お母さんは『やった! 大成功!』と大喜びで、スタジオは爆笑に包まれました」
そう語るのは、四男・五郎を演じた俳優の須藤公一(43才)だ。ぎょろりとした目で強面の綿引さんに、ドッキリを仕掛けるとは、さすがは岡江さん。綿引さんといえば、東映ヤクザ映画や『鬼平犯科帳』『ナニワ金融道』でのすごみのある役どころの印象が強い。約1年間、舞台で共演をした俳優の田中健(69才)は、その存在感を「いぶし銀のような人でした」と表現する。
「黙っていても、そこにいるだけで表現ができてしまう。俳優として憧れの人でした」
そんな綿引さんが、13人の子供の父親役を演じるというニュースは、当時、驚きをもって受け止められた。それまでの役のイメージとあまりに異なるからだ。
「私がキャスティングしたんですよ」
そう語るのは『天までとどけ』初代プロデューサーの澤田隆治氏だ。
「確かに綿引さんには、それまで父親というイメージはありませんでした。ただ、子だくさんな父親を想像したとき、厳格な父親像がしっくりきました。強面なのは確かだけれど、新聞記者という役柄だし、既存の父親像から抜け出し、攻めた起用を試みたんです。結果として、ぴたりとはまりました」
その厳格さは、朗らかで明るい母親役と絶好のコントラストを描いた。
「お芝居に芯のある綿引さんと、自然体でアドリブがきく岡江さん、このバランスがよかったですね。綿引さんは実際に、子供たちに挨拶などについて指導をしていました。年下の子供たちの集中力が切れて、騒がしくなってくると綿引さんがお父さんとして『うるさい!』と一喝して、現場にピリッとした緊張感が戻ってくることもありました」(プロデューサーの後藤史郎氏)
が、現場で綿引さんが怒っていると感じたことは、須藤は一度だけだったと語る。