年間80回地域へ出かけて、脳卒中にならないための健康づくり運動を始めた。地域が健康になれば、病院に来る患者はさらに減ってしまう。けれど、地域の人のことを考えれば、予防が一番と考えたのだ。
次に、訪問看護や、日本で初めてのデイケアを行なうようになった。脳卒中にならない健康づくりをやりながら、それでも脳卒中になった時、諏訪中央病院は最後まで面倒を見る。そういう口コミが地域に広がっていった。これが、まさにファンベースの病院ということなのだ。ファンが集まると、医師や看護師も全国から集まるようになった。働く人も、病院を利用する人も、ファンができると強くなる。佐藤さんと話しながら、そんな感じがした。
よく働くアリとサボるアリその比率は変わらない
佐藤さんのファンベースという考え方のなかで、もう一つおもしろいと思ったことがある。「上位のファン20%は、売り上げの80%を支えている」というパレートの法則だ。イタリアの経済学者ヴィルフレイド・パレートが発見した分布の法則で、マーケティングや企業戦略でよく用いられている。
「世界の富の80%は、たった20%の富裕層が所有している」「働きアリの20%が、80%の食料を集める」などは、その代表例だ。
働きアリの話で興味深いのは、よく働くアリと、普通に働くアリ、全然働かないアリの割合は2:6:2だという。働かないアリを排除しても、そのなかからサボるアリが20%出てくる。よく働くアリを増やして5:4:1にしようとしても、なかなかそうはならない。けれど、20%の働きアリが疲れ切ってしまえば、サボっているアリが働きだす。
この法則にある意味、納得しながらも、一方で、ぼくはどうしても残りの80%が気になってしまう。映画でも、本でも、上位20%の作品が、全体の売り上げの80%を占めているとしたら、上位のヒット作よりも、ヒットはしなかったけれど、味のある小品のほうに魅かれるのだ。あまり利益は生まないかもしれないが、これらこそ層の厚さを作っているのではないか。
あるいは、こんなことも思った。ぼくは講演をする時、最初の10%と、締めくくりの10%に、特に伝えたい思いを込めている。この20%が聞く人に届けば、あとの80%は忘れてもらってもかまわない。けれど、毎回、創意工夫しているのはその80%だ。画像や音楽を使い、笑ったり、泣いたり、心に訴えかける。全員で立ち上がって、スクワットもする。帰るときには「来てよかった」と思ってもらえるように努力している。
結局、人生でがんばるのは、ここぞというときの20%でいい。あとの80%は自由に楽しめばいいのだ。どちらが大事かという問題ではない。この質の違う20%と80%をどう振り分けていくか、二八そばでもすすりながら、考えてみたい。
【プロフィール】
鎌田實(かまた・みのる)/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。著書に、『人間の値打ち』『忖度バカ』など多数。
※週刊ポスト2021年2月26日・3月5日号