ルッキズムは批判されるべきだという風潮の真逆をいく対応だが、こうした感覚は、外見の美しさを追求する職業に就く人の間では「当たり前」になっているようだ。見た目差別は女性に限らず男性にもある、ことさら女性への差別ではないと反論する人も出てきそうだが、こうした選別は、男性スタッフが女性客に対して行っていることが多い傾向があり、女性スタッフから美しい女性や男性に対して特別な接客をしようという提案がされることは滅多にないともいう。おそらく、見た目で差別される経験が女性は男性よりもあり、また、差別することへの罪悪感を強く感じて、特に教育をされなくても「やってはいけない」と理解している人が多いのだろう。
だが、そうした「選別」を客の前で堂々とできるのかと聞くと、ルッキズムへの意識が敏感であろうとなかろうと、全員が「NO」というだろう。本音はどうであれ、表面には出さないのが客商売であり、何よりも顧客に対して失礼であり余地がないことだと当然理解しているからである。
でも、仕事上は仕方がない──。
前述の美容師によるSNS炎上騒動をネットで見たという、全国に女性向けショップを展開する都内のアパレル会社勤務・赤木敬さん(仮名・30代)が複雑な心境を吐露する。
「ショップスタッフの面接では、当然スタイルが良くてかわいい子を採用します。それだけで宣伝になり売り上げも上がるとされているからです。トークが上手いとか接客がうまいとかは、見た目じゃわかりませんから、まずは外見」(赤木さん)
赤木さんの会社でも、ショップススタッフの採用時には、女性の顔、バストアップ、全身の写真の提出に加え、さらにスリーサイズまで報告させていた。外見がモノをいう世界にあって、それが「当然だった」。確かに、接客業に清潔感は必須だし、好感を持たれることも必要だろう。だが、実際の採用に利用されていた見た目のチェックは、美人なのか、かわいいのか、といった基準だった。見た目だけで採用か不採用かを決める、そうした価値観には根拠がなく間違っていると感じた赤木さんは、従来の制度を「廃止」するよう、上層部に訴えた。
ちなみに、女性向けのアパレルショップを展開する赤木さんの会社だが、上層部は全員が男性。末端であるショップスタッフ、本社従業員の3分の1は女性だったが、上層部はことあるごとに「女性」にまつわるあらゆることを「商品化するよう」指導を欠かさなかったという。
「例えば、ショップスタッフは『マネキン』なわけですから、店の商品を着せて綺麗に見えないと困る。身長が低すぎたり、ふくよかすぎてはダメ。シーズンによっては髪は短い方がいいのだから、スタッフにショートカットにするよう、上から指示が出ることもあります。顔も重要ですが、男性上層部の好みで採るパターンもあるし、履歴書に添えられた写真を見て『俺はこいつがいい』なんて品定めするんです。しかし、誰もそれをおかしいとは思っていない」(赤木さん)
とはいえ、容姿を条件にしなくなった採用には、困難も伴った。
「外見の縛りがあるから応募してこなかったような子が、平気で応募するようになってきたんです。それで上司は怒ってしまったんです。ショップスタッフは時給も安い。それでも、ショップスタッフになれるという『価値』があるから、安い給料でも外見の良い子が来る。外見の良くない子ばかりになったらモノが売れなくなる、というのが上司の理屈です」(赤木さん)
確かに、高級ブランドショップ、ブティックに立ち、華麗に接客をして見せるのは美人ばかり、というイメージが強い。赤木さんの上司も、美容やファッションという「外見」を美しく整えられると宣伝する業界において、接客担当者が容姿で選別されるのはある程度、暗黙の了解として共有され、それでこの世界は回ってきたのだと言って説得にかかった。接客業で、見た目をまったく気にしないでよい、という条件は確かにありえないと思わず納得しそうになった赤木さんだったが、どうしても腑に落ちない点が残っていた。上司の話は彼の個人的な経験と感覚だけであり、合否の基準が店舗の売上に貢献している根拠として乏しく、それ以上の理由が見当たらない。