「私の地元、出身学校、家族構成など本当に詳しいんです。人事部だから、私の履歴書なども見ているのかな、と思っていたのですが、給与やボーナス額までとにかく詳しい。ある時から、相談事をすると『精神を安定させる方法がある』とか『食生活を変えないと破滅する』なんておかしなことを言ってくるようになりました」(横田さん)

 おかしいと思いつつも、ある程度の信頼を寄せていた上司の言うことに従い「体にも精神にもよい」とすすめてくれた健康食品を、5000円程度で購入した。薬草など、体に良い成分が入っているというお茶のようなものだったが、それからすぐ、男性上司が懲戒処分になったと社内で情報共有されたのである。

「上司は、自分の立場を使って健康食品などを部下に売りつける『マルチ商法』をやっていたんです。社員のプライベートを調べ上げ、給料日前後には社内を駆け回り、ターゲット探しに精を出していたのだと。若い男性社員などは上司に完全に取り込まれてしまい、借金をしてまでマルチの商品を買わされていて、返済できなくなった社員が会社に相談をして発覚したそうです」(横田さん)

 男性上司が同僚や部下のプライベートにまでズカズカ入り込んでいたのは、お節介や優しさではなく、モノを売りつけるため。さらに、男性上司の手口が巧妙だったのは、自らが取り込んだ社員同士の離反工作まで行っていたことだった。

「同期社員の悪口を言ったり、相談してきた社員が孤立しているのだと思い込ませるような言動があり、そのためにコトの発覚が遅れたようなんです。上司に騙されて対立したり、犬猿の仲になっていたという社員が続々現れ、上司の悪事が詳らかにされた時、全員が『これが洗脳なのか』と驚いていましたが、私も少し『洗脳』されかけたのかなと思うと、震えが止まりませんでした」(横田さん)

「お節介ないい人」か「悪意を持って近づいてくる人」なのか、その判断は極めて難しい。しかし、必要以上に自身の置かれた環境を悪く言ってくる人、他人から孤立させようとする人、そして金銭、売買の話を執拗にしてくる人とは、最低限の距離をとって、慎重に付き合っていくことが望ましい。また、相談できる人を必ず一人以上持つようにもしたいものだ。なによりも、かくも簡単に人間が「洗脳されてしまう」という現実を忘れずにおきたい。

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