翌朝、旦那は呼び出した番頭にいきなり「昨日は賑やかだったね、向島」と切り出し、番頭が「あれは商売上の……」と言い訳するのを「お付き合いで遊ぶときは相手より多くお金を使ってくださいよ」と軽くいなしてから「ゆうべ眠れたかい? 私は寝られなかった」と本題へ。
「帳面には穴がこれっぽっちも空いてない。あの出来の悪い子が、立派な商人になった」と思い出話に入り、そこで“栴檀と南縁草”の譬え話を持ち出して「無駄も必要」と説く。この「最初に向島の件を切り出して“栴檀と南縁草”は最後」という順番は志ん朝の演出と同じ。「昨日の友禅の別染め、あれ高いでしょう?」という言い方に表われる旦那の愛嬌は権太楼ならではの魅力だ。
情感豊かにしっとりと演じるさん喬、笑いを交えダイナミックに演じる権太楼。それぞれ懐が深く器量の大きい旦那を見事に描いて心に沁みた『百年目』聴き比べ、主催のオフィスエムズに「アッパレ!」だ。
【プロフィール】
広瀬和生(ひろせ・かずお)/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。『21世紀落語史』(光文社新書)『落語は生きている』(ちくま文庫)など著書多数。
※週刊ポスト2021年6月11日号