東京五輪で勝ち進む野球の日本代表「侍ジャパン」は8月7日、横浜スタジアムで自国開催の大会での金メダル目指し、米国代表と決勝でぶつかる。攻守でチームを引っ張るのが、正捕手・甲斐拓也だが、短期決戦となる大会のなかでも、相手チームの研究に余念はない。スポーツライター・田中周治氏がレポートする。
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7月31日、メキシコ対日本戦の試合途中。ともに日本雑誌協会の「野球・ソフトボール競技」の担当として取材に臨んでいる藤岡雅樹カメラマン(小学館)から連絡が入った。
「あのさぁ……攻撃でベンチにいる間、甲斐(拓也)がファイルを開いているんだけど……」
「スコアラーのデータをまとめたものじゃないですか? タブレットをベンチに持ち込めないから、プリントアウトしたものをファイルにして。他の選手も見てますよ」
「いや、それがどうやら甲斐が見ているファイルだけ手書きなんだよね……」
「え!?」
早速、甲斐がファイルを読んでいる写真を送付してもらった。拡大して見てみると、確かに手書きのファイルだ。
そこには、黒色だけでなく、赤色や青色のペンも使って、「全体的に比較的ボールを見てくる打者」や「1stストライク後、ゾーン内手出しが増える」といった相手打者の特徴が書かれていた。ストライクゾーンを表した図も描かれていて、得意なゾーンや長打が出やすいホットスポットが色分けされ表示されている。
東京五輪のために、甲斐自身が準備したオリジナルのデータファイルなのだろうか?
どうしても単独で質問したかったので、ミックスゾーンで甲斐が一人になるタイミングを探ったが、準決勝の韓国戦後にようやく話を聞くことができた。
「あ、見たんですか?(笑い)……はい、そうですね……自分で作りました。スコアラーさんからのデータだけでなく、映像を見て自分が感じたことや、村田(善則)コーチと話をしながら思ったことなどを書き足したりしています。ん? ええ、そうです。……日本以外の出場5か国全選手分ですね。オリンピックでは、相手の特徴を一から掴まなければいけませんから」(甲斐)
甲斐のファイルはやはり本人による手書きのファイルだった。7月20日に代表チームに招集されてから、折を見て作成するための時間を設けて完成させたそうだ。
野球競技に出場するすべての打者の特徴を短期間のうちに把握するのは大変な作業のように思えるが、甲斐本人にとっては、それほど困難なことではないらしい。
それは「(プロ野球の)シーズン中から、同じことをやっている」という理由からだ。
「シーズン中も、チーム戦略室から提供されるデータに、アナリストさんたちと話しながら気づいた点を書き加えたりして、対戦相手の特徴をまとめています。また、試合が終わったら、そこに反省を書き足したりもしていますね」(甲斐)
ポイントは、この甲斐のデータファイルが、ノート形式ではなく、バインダー形式でまとめられていること。日記のように時系列で残るのではなく、重要なデータに関しては、後からいくらでもページを増やして編集できる。
今回の東京五輪では、シーズン中は打者として対峙する侍ジャパンの投手たちのデータを、捕手としてリードする上でも活用しているそうだ。