2019年、法改正に対応して中小企業向けに開かれたパワハラ・セクハラ対策セミナー(時事通信フォト)
しばらくすると「○○さんどこ?」という野太く大きな声がする。執拗に呼んでいる。
「内緒、黙っててね」
ベテランの女性声優は見ていたのだろうか、筆者の隣に立つと優しく小声で語りかけてくる。目は笑っていない。なにかとても怖いものを見た気分になった。その野太い声の主は小さなゲーム会社の社長兼プロデューサーだった。筆者はてっきりまだ収録が残っているから呼ばれているのかと思ったら、そうではなかった。
のちにそのベテラン女性声優に別件で取材した時に聞いたのだが、その若手声優は社長にセクハラを受けていた。確かにスタジオの控えで後ろから肩を揉まれている姿を見た。マネージャーは、事務所はなにをしているのかと怒る向きもあるだろうが、昔はどんな人気声優でも一人で電車やタクシーで来ることが当たり前だった。いまも声優業界に関してはそれほど変わっていないと思う。どんな人気声優も現場に来るのは一人が多い。かつてのゲーム業界、とくに中小は社長が絶対でやりたい放題が多かった。仕事の発注主は上位者、事務所もちょっとくらいなら見て見ぬ振り。声優業界もまた、芸能界である。
業界関係者は大なり小なりやってました
「確かにありました。セクハラでは済まないような論外なのもいました」
旧知のアニメ製作者、半分引退状態のベテランだが、1980年代からのアニメ業界の裾野を見てきた。
「それでも、昔に比べればマシになったと思いますよ。もうそんな時代でもありませんし、むしろコンプライアンスの厳しい製作側より、男性声優からの女性声優、とくに若手に対するセクハラのほうが深刻じゃないですか? 好き放題ですよ。男性声優同士のパワハラもありますし」
昔ほど製作、制作ともに力を失った部分もあるし、多くは会社員か組織に属している。ましてSNSによって声を上げられる時代、昔ほどセクハラまみれということもないのだろう。それに比べて役者同士はどうしてもコンプライアンスがゆるくなる。新人引っ掛けてなんぼとうそぶく男性声優、いまは知らないが、かつては実在した。
「狭い業界だし、体質も古いままですからね。あくまでマシというだけですが」