夏の甲子園の初陣となった群馬・前橋育英戦に1対0で辛勝すると、京都国際のナインはバックスクリーンに向かって、大声で校歌を歌った。韓国系民族学校をルーツとする同校では、一般的な私立学校(学校教育法上の「一条校」)となった現在も校歌は韓国語のままだ。
今大会では日大山形の「ボーイズビーアンビシャス」で始まる校歌が流れたが、歌詞がすべてハングルというのは甲子園でも前例のないことだ。
京都国際の小牧憲継監督は、昨秋の近畿大会で4強入りし、センバツ初出場を確実にした日に、こう話していた。
「うちの選手は誰も校歌を歌えません。そして、私も(笑)。選手にとっては、野球を頑張ろうと思って入った学校の校歌が、たまたまハングルだったというだけ。みなさん校歌に注目されますが僕らは野球で注目されたい」
歌詞にある、韓国が日本海の呼称として主張する「東海」の訳詞に、NHKが「東の海」と表記したテロップを入れたことなどが話題となったが、周囲の喧騒をよそに、ナインは甲子園で勝利を重ねるたびに校歌を高らかに歌い続けてきた。
「週2コマぐらい韓国語の授業がありますが、歌となるとまた勝手が違う。監督としてしっかり歌えるように指導したわけではありません。甲子園に出るからには校歌はしっかり歌おうと、選手が個人で練習していたんだと思います」(小牧監督)
同校のグラウンドは左翼から67m、70m、60mの歪な形状で、練習試合を組むこともできない。小さな本拠地で汗と土にまみれてきたナインは、3回戦の二松学舎大付(東東京)戦では2年生のエース左腕・森下瑠大が142球を投げ抜き、10回表には勝負を決める三塁打も自ら放った。
甲子園に、小さな韓流旋風が起きた。
取材・文/柳川悠二(ノンフィクションライター) 撮影/杉原照夫
※週刊ポスト2021年9月10日号