【書評】『一期一会の人びと』/五木寛之・著/中央公論新社/1760円
【評者】嵐山光三郎(作家)
五木さんはぶっちぎりのパワーで執筆をして、対談した相手は千五百人まで数えて後がつづかなかった。そこからトリクルダウンした二十人の金縁。みんな凄いぞ。
女性ベスト3をあげますと(1)フランソワーズ・サガン。二人は会ってすぐディスコへ行った。(2)石岡瑛子。アダ名はガミちゃん。スタッフをガミガミ叱りつけるから。(3)浅川マキ。五木さんが住んでいた金沢の家へ、黒い服を着て西瓜をぶらさげた不機嫌な女がきて、縁側に坐った。女は、仕事がうまく行かない、と言って、姿を消した。それがのちの浅川マキで「夜が明けたら」がヒットした。夜が明けたら、一番早い汽車に乗るから……のメロディがリフレインする。
男のベスト3は、(1)モハメド・アリ。一九七二年、決死的覚悟の対談。カシアス・クレイという名を捨てたワケ。五木さんはアリに「生まれてはじめての記憶に残っているのはなにか?」と訊いた。ずいぶん長い間アリは考えこんでいて「リンゴの樹だ。たぶん私が四歳のとき」と答えた。その話がいいんですね。それがどういう話かはこの本を読んで下さい。
話がはずんで、一時間の約束が三時間になった。この対談を深沢七郎さんがほめてくれたという。東京で行われたアリの試合を、私は深沢さんと一緒にリングサイドで観た。深沢さんは、アリに負けたボクサーを「黒人があおざめる顔を初めて見た」と翌日のスポーツ新聞(観戦記)に書いた。
(2)阿佐田哲也(くたびれたジャケットを羽織った男)。(3)内田裕也。「死んだらおしまいだ」。対談はきわめてジェントルに始まったが裕也さんは「死について」話しだし、「死んだらおしまいだ。どこまでもしぶとく生き残って戦わなきゃ」。裕也さんにはげまされた。
五木さんが「美術批評」という五十年代の雑誌を話すのでびっくりした。「美術批評」編集長の西巻興三郎は私の師匠だが十数年前、トラックにはねられて事故死された。いろんなことを思い出させてくれる「一期一会」。
※週刊ポスト2022年2月11日号