朝比奈あすかさんの『ななみの海』
自分にはできない。希望を託すつもりで書いた
『ななみの海』は、何らかの事情により親元で暮らすことができない子どもたちが生活する児童養護施設が舞台で、それぞれの境遇を生き延びてこの場所にたどりついた子どもたちの物語だ。
主人公のななみは高校生で、早くに両親を亡くし、ただ一人の身内である祖母と暮らすが、その祖母も認知症になり、ななみは施設に預けられた。ダンス部の部活やファミレスでのアルバイトもがんばり、充実した高校生活を送っている。
施設を取材したとき、本当にふつうの暮らしがあることに気づいたと朝比奈さんは言う。
「みんなでゲームをやったり、テレビを見たり、喧嘩したり、おしゃべりしたり。近所の子も遊びに来て、施設の子が塾に行っている間に近所の子だけで遊んでいることもあって。ななみは聡明ではあるんですけど、アイドルグループのファンだったり、友だちと遊ぶ時間が楽しかったり、部活をがんばっていたりという、ふつうの高校生の面を書きたいなと思いました」
その一方で、施設には集団生活のルールがあり、親友一人だけにしか寮で暮らしていることを打ち明けていないななみは、友だちづきあいに苦労することもある。
たとえばスマホ。ななみたちはそれぞれスマホを持つことが許されているが、夜9時になると職員に預けなければならず、その後の時間は、友だちとのグループトークに参加できない。
「スマホの扱いですごくもめるというのは施設のかたからも、自分の体験を話しているYouTubeなどでも聞きました。施設の中だけで暮らしているならともかく、学校に行けば友だちが制限なくスマホを使っているのに気づく。そういった違いは、10代の子には結構なストレスになるだろうと思います」
いまの時代の空気を反映していると思ったのが、ななみと同じ寮で暮らす中学生の玲奈が、通っている塾で別の生徒から言われた「税金泥棒」という強烈な言葉だ。玲奈からその言葉を聞いたななみは、夜眠れなくなるほど衝撃を受ける。