「施設を取材させてもらったときに聞いた言葉で、中学生の女の子が同級生から言われたそうです。こんなことを言われたら深く傷つくし、あとに残ると思います。言った子が自分で考えたというより、周りにそういうことを言う大人がいたのでしょうか。短絡的な言葉が簡単に子どもの目に触れる時代ですし、世の中はここまでゆがんでしまったのかと考えこんでしまいました。
でも、その話をしてくれた職員のかたは、『大人の方が税金泥棒だし、そう言われるのが怖いんだよって言ってやった』と、割とかろやかに話してらしたんです。こんなことを言われたと職員に話せるというのは、それだけ対話があり、信頼関係があるってことなんですよね」
ななみを育てた祖母は、負けちゃあいけない、馬鹿にされちゃあいけない、と孫娘に言いきかせた。ななみ自身、「ここにいる子たちと自分は違う」と思ってプライドを保ち、医者になることを将来の目標にしている。医学部進学に備えてアルバイトの時間を増やし、奨学金制度についてもくわしく調べているが、受験勉強のかたわら、年下の勉強嫌いの子どもたちの勉強を見るうちに、違う世界、違う選択肢が見えてくる。
「おばあちゃんは、自分しか身寄りがないななみが、いずれ施設に入るとわかっていたんですね。おばあちゃんの気持ちは理解できますけど、言われた子どもにとっては支えにも励みにもなる一方で、足枷にもなってしまう。
馬鹿にされないためとか、負けないため、というのは結局、人からの評価でしかない。それが自分の幸せなのか、自分を満たすのか、というとちょっと違いますよね。実は私自身にもそういう人の評価が気になる面があって自己嫌悪しているので、ななみの選択は、自分にはできない、希望を託すつもりで書いています」
【プロフィール】
朝比奈あすか(あさひな・あすか)/1976年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。2000年、ノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。2006年、群像新人文学賞受賞作を表題作とした『憂鬱なハスビーン』で小説家デビュー。著書はほかに『憧れの女の子』『人間タワー』『人生のピース』『君たちは今が世界』『翼の翼』などがある。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2022年3月24日号