【著者インタビュー】石田光規さん/『「人それぞれ」がさみしい 「やさしく・冷たい」人間関係を考える』/ちくまプリマー新書/902円
【本の内容】
昨今、巷でよく聞き、使うことも多い「人それぞれ」という一見、聞き心地のよい言葉。社会学者の著者はこの言葉を《優しさの呪文》と呼び、その裏で社会に起きていることを考察する。例えば、《人間関係を「人それぞれ」に選べる社会とは、同じように「人それぞれ」の選択肢を持つ相手から、自らを選んでもらわなければならない社会》と喝破し、こう警鐘を鳴らす。《人間関係のコスパ化が進んだ社会では、自らもコストと見なされてしまうリスクを絶えず背負うこと、誰かがコストとして切り離されていることを忘れてほしくないものです》。示唆に富む一冊。
「もうわざわざ会わないでいいんじゃないの」でいいのか
とても気になるタイトルだ。
「人それぞれ」という言葉を私たちは割と気軽に使っているが、相手の事情を思いやるようでいて、じつは責任を負わないことに気づかされる。本書は、優しいようで冷たいこの言葉をキーワードに、言葉が使われる背景や、その先にある孤独や孤立の問題を読み解いていく。
「いまの若い人は、『人それぞれ』という言葉をすごく使うんですね。大学の授業で、学生たちが少人数で議論するときも、『まあ人それぞれだから、ルールを決めたり、社会をどうこう考えたりしてもしかたないんじゃないの』という結論になることが多い。お互いの距離感が、そういうふうにできてしまっているけど、だから若い人がさみしさを感じないかというとそんなことはなくて、本音を打ち明けられない、居場所がないという生きづらさを感じています」
まだまだ終わりの見えないこのコロナ禍が、「人それぞれ」の傾向をさらに加速させそうだ。
「コロナへの対応は、一人ひとりの温度差がものすごく大きいですからね。『不要不急』というくくりの中に『人と会う』ことも入れられてしまいました。誰と会うか会わないか、どういうふうに会えばいいのか。『人間関係の棚卸し』と私は呼んでいるんですけど、みんなが一斉にその『棚卸し』をやっている状況です。
この感染状況なら自分は飲食してもいいと思うけど、相手はどう思っているかわからない。人間関係がある程度できあがっていれば、あの人なら大丈夫かなと判断できますけど、大学に入ったばかりの1年生が、授業が終わって、『ちょっと食事でもしていかない?』とクラスメートに言えるかっていうと、踏み込むのはなかなか難しいですよね」
大学でもオンラインでの授業が増えた。文科省は60単位までと一応の上限を決めているが、この先どうなるかはわからない。