ワインはおいしいんだけど、酔いが醒めたら不安が襲ってくる。所持金を安宿のベッドに広げ、あと何日もつか……と思うまま、1週間が過ぎた。
そして、絶望的な気持ちになってきた13日目。Hさん宅の呼び鈴を鳴らすと、声が明るい。「のーはらさん、来ました、来ました!」と声が弾んでる。えっ!? 郵便局から荷物が返ってきたんだ!
部屋に入って、見覚えのある小包と対面し、いざ開封しようとしたそのとき、電話が鳴った。「ミラノの領事館から」と渡された受話器を耳に当てた私は耳を疑った。
「いま、野原さんのパスポートを私が持っているんですけどね……どこから来たと思います? ベローナの駅からですよ。野原さんが両替所に置き忘れたのをわざわざ領事館まで郵送してくれたんです」
あまりのことに、小包を抱えながら私はその場にしゃがみ込んだわよ。Hさんも事情がわかると、「あ、は、は、は」と笑いにならない。居合わせたTさん夫妻も棒立ちになったまま、しばらく動けなかった。
……という思いをしたら、少しは注意力が身につきそうなものだけど、あれから40年の月日が流れても、街中で「落ちましたよ」と後ろから声をかけられるのはしょっちゅう。そして年に1、2度は「まさか!」というドジを踏む。
だから、「次、うっかり落とすものは命じゃないかと思って」と言っても、私の“落とし物癖”を知っている人は誰も笑ってくれないんだわ。
でも……海外旅行、気軽に行けるようになったらいいな。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2022年5月26日号