発達障害の診断を受けたことなども書かれた『イスタンブールで青に溺れる』
紀行には、横道さんが好きな文学や芸術作品が自在に引用される。この場所でなぜこれ?と思うものもあり、イメージが大胆に飛躍しているのを感じる。
「昔、付き合っていた人に、想像力が三段跳びで駆け上がっていくので付いていけないと言われたことがあります(笑い)。本では、この人なりに何かあるんだろうな、となるべく伝わるように書いたつもりですが」
圧倒的な光景の前で芸術作品を想起するとき、発達障害のために「みんな水の中」にいるような感覚が揺さぶられ、時に破砕される。その描写は震えがくるほど美しい。
自分が発達障害者だと知る前に行った旅のできごとを、そうだと知ったいまの視点でとらえなおして書くのは想像以上に大変だったという。
「自分から『こういうものなら書けます』と言ったんですけど、いざやってみると苦しかったです。誰かと交流できたのはベルリンぐらいですが、ベルリンでも人間関係が崩壊に向かっていって。思い出すのがしんどすぎて、記憶が滑らかに出てこないんです。一章書いては編集者の山本さんに送ると、編集者ってケア従事者なので(笑い)、一生懸命、『ここはこうですか?』『ここはこうすれば』と助言をくれて、なんとか書けた感じです」
文章だけ読めば、滑らかで、笑いもあり、生みの苦しみを感じさせない。
「大阪人なんで、オチをつけずにはいられないところがあります。『え? オチないの?』って普通に言われますし。あと、私はずっといじめられっ子だったんですけど、大阪では笑いを起こせる人が尊敬されるということに小学3年生ぐらいで気づいて、これが自分の生きていく道なんだって思いました」
発達障害を知り、ほかの当事者の話も聞いて自分自身を掘り下げていくが、それですべてがわかるわけではないそうだ。
「自閉症があるとフラッシュバックが起きやすいんですけど、自閉症はトラウマに弱い特性もあり、トラウマがフラッシュバックを起こしている可能性もあるんです。私の場合、子どものころに家庭が崩壊していまして、ある宗教を信じていた母親から激しい暴力をふるわれていたので、どこまでが先天的な発達障害で、どこまでが後天的なトラウマによるものかわからず、そこはいつも悩んでしまいます」
母との交流はないそう。『みんな水の中』が出た後、ラジオ番組で本が出たことを知った母親から連絡がきたが、対応しなかった。
「母親との関係はいまも難しいですが、自分が診断を受けて、母親も苦しいんだろうなってことは揺るぎなくわかります。母親も、明らかに発達障害があったと思うんです。発達障害者って、ネトウヨになったり、カルトや陰謀論にはまったりする人が多い。ものを複雑に、切り分けて考えることが難しく、生きづらいから、信じられるものに飛びつきがちなんです」
7月には、医学書院のウェブマガジン「かんかん!」に連載した、発達障害者へのインタビュー「発逹界隈通信!」が本になる予定だ。自分について深く掘り下げた後は、逆に自分のような人ばかりではないと固定観念を払うような本を出していきたいという。
【プロフィール】
横道誠(よこみち・まこと)/1979年大阪府生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科研究指導認定退学。文学博士(京都大学)。現在、京都府立大学文学部准教授。専門は文学・当事者研究。著書に『みんな水の中─「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』『唯が行く!─当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』がある。
取材・構成/佐久間文子 撮影/浅野剛
※女性セブン2022年6月9日号