昨年12月の手術後、新しく作った楽曲の披露の場に選んだのは、今年の3月、坂本が近年の活動のなかでもっとも力を入れている「東北ユースオーケストラ」のステージだった。自身が音楽監督を務め、東日本大震災の被災地の子供や若者で構成されるオーケストラだ。
当時は12月の手術は公表していなかったが、術後わずか3か月での復帰。坂本は新曲『いま時間が傾いて』をオーケストラをバックにピアノで披露した。同公演には、親交の深い吉永小百合も出演し、東北にゆかりのある作家の詩を朗読。坂本の復帰に花を添えた。新たな楽曲の制作にも取り組んでいる。坂本の代表曲といえば『戦場のメリークリスマス』を思い浮かべる人も多いだろう。しかし、この楽曲が坂本を苦しめた過去がある。
「坂本さんは世界中どこに行っても、『戦メリ』を弾いてくれと言われることに嫌気がさして、コンサートで封印していた時期もあります。いつしか、『戦メリ』を超える曲を作ることが、坂本さんの目標になっていました」(前出・音楽関係者)
だがその考えも、ここ数か月で変化しているようだ。今年3月、坂本は『家庭画報』のインタビューで《「『戦メリ』が一番よかったで終わりかよ」っていう、自分の中でそういう気持ちがある》と話している。しかし、4か月後の『新潮』の連載では、《「坂本龍一=『戦メリ』」のフレームを打ち破ることを終生の目標にしたくはない。そのゴールに向かって、残された時間を使うのはアホらしい》と綴った。
代表曲にまでなった『戦メリ』だが、メロディーはわずか30秒程度で思いついたという。それゆえに、坂本は1分でも命が延びれば新たな曲が生まれるという考えを持っている。体調が優れずとも、たとえ短い時間でもピアノに向かうのはそうした理由もあるのかもしれない。
実際『新潮』での連載を始めるにあたり、坂本は《せっかく生きながらえたのだから、敬愛するバッハやドビュッシーのように最後の瞬間まで音楽を作れたらと願っています》とコメントした。がんと闘うのではなく、がんとともに生きる──坂本は人生の集大成のときをどう迎えるのか。
※女性セブン2022年6月30日号