「腸内フローラ」に影響

 実はPPIと糖尿病の関係が指摘されたのは、今回が初めてではない。

「2020年9月には、英国消化器病学会誌オンライン版に、米国の医療従事者約20.5万人を対象にした研究結果が発表されました。PPIの服用者と非服用者の糖尿病の発症リスクについて比較したもので、服用期間が2年未満の群では糖尿病発症リスクが1.05倍だったのに対し、2年以上の群では1.26倍に増加していました。論文をまとめた中国・中山大学の研究者らは、『PPIの服用が長期に及ぶ場合、糖尿病の発症リスクが増加するリスクが高い』と結論付けています。

 今年4月に発表された前述のイタリアの研究結果は、女性が大半で米国の医療従事者限定だった2020年の論文よりも大規模(約78万人)かつ広範である点が評価できます。職種や男女比、年齢層などがバラけている分、信頼度が高まったと言えそうです」(室井氏)

 PPIの長期服用で糖尿病リスクが増加した理由はどこにあると考えられているのか。

 論文では、胃腸薬が「腸内細菌叢」に影響を与えた可能性が指摘されている。腸内フローラ(=腸内細菌叢)と聞けば、耳にした覚えのある人は多いのではないか。

 これはヒトや動物の腸の中にいる腸内細菌の総称で、フローラを構成する菌の種類は1000種類以上と言われる。腸内細菌はその働きにより、善玉菌(ビフィズス菌や乳酸菌など)、悪玉菌(有毒株の大腸菌、ブドウ球菌など)、日和見菌(無毒株の大腸菌など)に分けられる。どの腸内細菌が優勢に働くかによって、健康状態が左右されるという(どの細菌を持つかは、人により異なる)。

 前出の一石医師も、「PPIが腸内細菌叢のバランスに影響を与えた可能性はある」とする。

「近年、国内外の研究で腸内細菌叢と様々な病気の関連が解明されています。糖尿病との関連について詳しく解明されたわけではありませんが、PPIの服用で腸内細菌叢のバランスが変化して悪玉菌が多くなることで、糖の代謝を調節するインスリンが体の中で働きにくい状態になり、血糖値が上がった可能性が考えられます」

 ただ、前述のイタリアの研究では、糖尿病の発症因子とされる「家族歴」やBMI(体格指数)、その他の服用薬の情報などが考慮されていない。「(結果に)限界がある」と研究者自ら認めている。

 一石医師もこう見る。

「糖尿病の診断を受けていなくても、インスリン抵抗性がある人は太りやすく、肥満の人は腹圧で胃酸が逆流して胸焼けや胃もたれなどの症状が出やすくなります。つまり、糖尿病の前段階や未診断の糖尿病患者がPPIを処方されていた可能性がある。また、PPIにより胸焼けや胃もたれが解消して食欲が改善し、食べ過ぎたことによる高血糖もあるかもしれません」

 必ずしも薬そのものが原因かは明らかになっておらず、PPIの添付文書(効能や効果、用法や用量、使用上の注意などを記した医薬品の説明書)の「重大な副作用」の欄に「血糖値」に関する記載はない。ただ、「今後、国内外で研究が進み、海外の副作用情報も集積されれば、追記される可能性はある」(一石医師)という。

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