▼スクロールで次の画像

(画像 1 / 16)

1945年9月8日、原爆投下から約1か月経った広島市内を歩く男女。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

1945年9月8日、原爆投下から約1か月経った広島市内を歩く男女。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

(画像 2 / 16)

約1万5000人の犠牲者を出した、1945年6月7日の大阪空襲。消火活動を行なう町の人々(カラー化/渡邉英徳)

約1万5000人の犠牲者を出した、1945年6月7日の大阪空襲。消火活動を行なう町の人々(カラー化/渡邉英徳)

(画像 3 / 16)

1945年6月8日、大阪空襲の翌朝には大勢の通勤者が十三大橋を行き交っていた(カラー化/渡邉英徳)

1945年6月8日、大阪空襲の翌朝には大勢の通勤者が十三大橋を行き交っていた(カラー化/渡邉英徳)

(画像 4 / 16)

1945年6月3日、沖縄北部の伊平屋島に上陸するアメリカ海兵隊第8戦闘隊(カラー化/渡邉英徳)

1945年6月3日、沖縄北部の伊平屋島に上陸するアメリカ海兵隊第8戦闘隊(カラー化/渡邉英徳)

(画像 5 / 16)

硫黄島では、砲弾孔に2日間埋まったままの日本兵へアメリカ兵が煙草を差し出した。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

硫黄島では、砲弾孔に2日間埋まったままの日本兵へアメリカ兵が煙草を差し出した。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

(画像 6 / 16)

日本陸軍が守備する八重瀬岳へ向かう、米軍の第96師団第381歩兵部隊の偵察隊(カラー化/渡邉英徳)

日本陸軍が守備する八重瀬岳へ向かう、米軍の第96師団第381歩兵部隊の偵察隊(カラー化/渡邉英徳)

(画像 7 / 16)

大正末期、電飾の灯る広島県産業奨励館(現・原爆ドーム)を背景に。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

大正末期、電飾の灯る広島県産業奨励館(現・原爆ドーム)を背景に。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

(画像 8 / 16)

沖縄県立第三女学校の生徒たち。最後の卒業生による証言で、傘と雨合羽の色を特定。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

沖縄県立第三女学校の生徒たち。最後の卒業生による証言で、傘と雨合羽の色を特定。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

(画像 9 / 16)

写真を提供した故・諏訪了我氏の記憶をヒントに色補正され、再現率が高まった。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

写真を提供した故・諏訪了我氏の記憶をヒントに色補正され、再現率が高まった。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

(画像 10 / 16)

1945年8月6日、広島へ投下された原子爆弾。雲の色は「オレンジ色だった」「上部のみオレンジ色」と情報が寄せられるたび補正された(カラー化/渡邉英徳)

1945年8月6日、広島へ投下された原子爆弾。雲の色は「オレンジ色だった」「上部のみオレンジ色」と情報が寄せられるたび補正された(カラー化/渡邉英徳)

(画像 11 / 16)

1945年8月9日に長崎へ投下された原爆。巨大な原爆雲を、市の南西に位置する香焼島から見る。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

1945年8月9日に長崎へ投下された原爆。巨大な原爆雲を、市の南西に位置する香焼島から見る。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

(画像 12 / 16)

終戦直後の長崎でアメリカの雑誌『ライフ』のカメラマン、バーナード・ホフマンが撮影。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

終戦直後の長崎でアメリカの雑誌『ライフ』のカメラマン、バーナード・ホフマンが撮影。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

(画像 13 / 16)

1945年8月15日の正午に流れた玉音放送後、皇居前広場へ足を運びひざまずく市民(写真/共同通信社)

1945年8月15日の正午に流れた玉音放送後、皇居前広場へ足を運びひざまずく市民(写真/共同通信社)

(画像 14 / 16)

1946年、上野駅には戦争孤児をはじめ家をなくした人々が集まり雨風をしのいだ。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

1946年、上野駅には戦争孤児をはじめ家をなくした人々が集まり雨風をしのいだ。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

(画像 15 / 16)

終戦直後の恵比寿。廃材やトタンで造ったバラックで生活する人たちも多くいた。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

終戦直後の恵比寿。廃材やトタンで造ったバラックで生活する人たちも多くいた。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

(画像 16 / 16)

1946年1月25日、新発売の煙草「ピース」を求める人々が銀座松屋に列を成す。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

1946年1月25日、新発売の煙草「ピース」を求める人々が銀座松屋に列を成す。写真=庭田杏珠 × 渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』(光文社 2020年)より

関連記事

トピックス

バドミントンの大会に出場されていた悠仁さま(写真/宮内庁提供)
《部活動に奮闘》悠仁さま、高校のバドミントン大会にご出場 黒ジャージー、黒スニーカーのスポーティーなお姿
女性セブン
三浦瑠麗(本人のインスタグラムより)
《清志被告と離婚》三浦瑠麗氏、夫が抱いていた「複雑な感情」なぜこのタイミングでの“夫婦卒業”なのか 
NEWSポストセブン
ドラマ『Believe -君にかける橋-』で木村の妻役で初共演
初共演・天海祐希もハイテンションに! “木村拓哉の相手役”が「背負うもの」と「格別な体験」
女性セブン
オフの日は夕方から飲み続けると公言する今田美桜(時事通信フォト)
【撮影終わりの送迎車でハイボール】今田美桜の酒豪伝説 親友・永野芽郁と“ダラダラ飲み”、ほろ酔い顔にスタッフもメロメロ
週刊ポスト
わいせつな行為をしたとして罪に問われた牛見豊被告
《恐怖の第二診察室》心の病を抱える女性の局部に繰り返し異物を挿入、弄び続けたわいせつ精神科医のトンデモ言い分 【横浜地裁で初公判】
NEWSポストセブン
《那須町男女遺体遺棄事件》剛腕経営者だった被害者は近隣店舗と頻繁にトラブル 上野界隈では中国マフィアの影響も
《那須町男女遺体遺棄事件》剛腕経営者だった被害者は近隣店舗と頻繁にトラブル 上野界隈では中国マフィアの影響も
女性セブン
日本、メジャーで活躍した松井秀喜氏(時事通信フォト)
【水原一平騒動も対照的】松井秀喜と全く違う「大谷翔平の生き方」結婚相手・真美子さんの公開や「通訳」をめぐる大きな違い
NEWSポストセブン
足を止め、取材に答える大野
【活動休止後初!独占告白】大野智、「嵐」再始動に「必ず5人で集まって話をします」、自動車教習所通いには「免許はあともう少しかな」
女性セブン
今年1月から番組に復帰した神田正輝(事務所SNS より)
「本人が絶対話さない病状」激やせ復帰の神田正輝、『旅サラダ』番組存続の今後とスタッフが驚愕した“神田の変化”
NEWSポストセブン
大谷翔平選手(時事通信フォト)と妻・真美子さん(富士通レッドウェーブ公式ブログより)
《水原一平ショック》大谷翔平は「真美子なら安心してボケられる」妻の同級生が明かした「女神様キャラ」な一面
NEWSポストセブン
裏金問題を受けて辞職した宮澤博行・衆院議員
【パパ活辞職】宮澤博行議員、夜の繁華街でキャバクラ嬢に破顔 今井絵理子議員が食べた後の骨をむさぼり食う芸も
NEWSポストセブン
交際中のテレ朝斎藤アナとラグビー日本代表姫野選手
《名古屋お泊りデート写真》テレ朝・斎藤ちはるアナが乗り込んだラグビー姫野和樹の愛車助手席「無防備なジャージ姿のお忍び愛」
NEWSポストセブン