マスク不着用での反則負けが適用された佐藤天彦九段(写真は名人在位当時の2017年のもの。時事通信フォト)
10月28日に行なわれた第81期名人戦A級順位戦での「異例の決着」はまだまだ波紋を広げそうだ。佐藤天彦九段(34)と永瀬拓矢王座(30)の対局で、途中から佐藤九段が「マスク不着用」の状態になっていたことで「反則負け」を宣告されたのだ。A級順位戦はトップ棋士10人が名人位への挑戦権を競う“最高峰の舞台”だが、そこで将棋以外の理由での勝敗が決着するという前代未聞の事態となった。今後、佐藤九段側から不服申し立てが行なわれる可能性もあり、将棋連盟のルール設定や運用の是非が問われることになりそうだ。
午前10時に始まったこの日の対局の決着は深夜にまでもつれこんだ。対局が始まった当初は佐藤九段もマスクを着用していたが、終盤戦に差し掛かったところで長時間にわたりマスクを外す場面があり、対局相手である永瀬王座が関係者に「反則ではないか」と指摘したのである。将棋観戦記者が言う。
「日本将棋連盟では、今年2月1日からの臨時対局規定で、対局中のマスク着用を義務付けています。健康上やむを得ない理由があることをあらかじめ届け出て、常務会で認められた場合を除き、〈対局中は、一時的な場合を除き、マスク(原則として不織布)を着用しなければならない〉と定めているのです。この規定が適用されての反則負けが出るのは初めてのことです」
佐藤九段は名人位を3期獲得したことのある実力者であり、対する永瀬王座は藤井聡太五冠の練習パートナーとしても知られる現役タイトルホルダーだ。人気の高い実力者同士の対局が「将棋以外の問題」で決着してしまったわけである。とりわけ問題となりそうなのが、曖昧なルールがどう運用されたかの点だ。
「永瀬王座の指摘を受けて、将棋会館には連盟の常務理事を務める鈴木大介九段(48)が駆け付けた。鈴木九段が、将棋連盟会長を務める佐藤康光九段(53)と協議したうえで、反則負けが決定したという。『一時的な場合を除き』という曖昧な文言の規定が適用されるのかの判断は対局の立会人がする規定になっているが、深夜の対局で立会人がいなかったため、最後は連盟の幹部が決めるしかなかった。
こういう状況になって浮き彫りになるのは、連盟の役員に現役棋士が居並んでいるという構造です。会館に駆け付けた鈴木九段は、永瀬王座が10代の頃から指導を受ける機会のあった“師匠筋”であることはよく知られていますし、一方の佐藤会長は現役のA級棋士で今回の対局の2人と名人位挑戦やA級残留を争う立場の“利害関係者”と位置づけられる。2人がどのように冷静に判断しても“恣意的なものではないか”と色メガネで見られてしまう。現役棋士が団体の理事を務めることで、将棋を分かっている人が運営に携われるメリットはあるが、こうした場面ではファンや関係者に不信感を抱かれるリスクにもなり得る。実際、『一発レッドはないだろう』『警告してからでよかった』といった批判が噴出しています」(同前)