また町の光景や少年期の逸話など、細部までが鮮明な記憶にとにかく舌を巻く。
「まあ木挽町時代のことは、転校したから憶えてるんで、そのまま住んでたら忘れてますよ。人間関係も含めて途中で遮断されたから、かえって忘れられなくなった。あとは昔の景色なんかも、何もしなきゃ忘れますよね。あたしは写真を撮り、講演の度に薀蓄も仕入れるから忘れないし、たぶんそれが好きで、憶えていたいと思うから、忘れないんです。
特に都会は変化が激しく、元々そこに何があったか、みんなも忘れちゃうだけに、東京の庶民の生活はこうだったってことを残したいだけ。『昔はよかった』とは言ってないんです。例えば汁の上の具が本当におかめの顔に見えるおかめ蕎麦を出す蕎麦屋をあたしは1軒しか知りませんけど、写真を見せると大抵の人は『こういう意味か』と驚く。自分が面白がってることを誰かにも面白がってほしい、ただそれだけなんです」
何事も〈年不相応〉〈自分相応〉でと説く著者の中に、例えば郷愁がどう保存され、歌や文章にどう出力されるのか。そのプロならではのカラクリにますます興味が駆られる、実は見た目以上に(?)知的で奥深い1冊だ。
【プロフィール】
なぎら健壱(なぎら・けんいち)/1952年東京生まれ。父は宝飾関係の職人で、京橋小3年で葛飾へ転居。都立本所工業高校在学中の1970年、全日本フォークジャンボリーに『怪盗ゴールデンバットの唄』で飛び入り参加。同曲はライブ盤にも収録され、1972年『万年床』でアルバムデビュー。翌年の2ndアルバムに収録された『悲惨な戦い』は大反響を呼ぶ一方、放送禁止歌に。その後も文筆家、俳優等で幅広く活躍する一方、毎月末の吉祥寺マンダラ2などライブ活動も続行中。170cm、75kg、O型。
構成/橋本紀子 撮影/内海裕之
※週刊ポスト2022年12月2日号