55年ぶりに箱根駅伝に出場する立教大学を率いる監督が、就任4年目の上野裕一郎である。
「これまで7学年を見てきましたが、箱根にたどり着けなかった選手も含めて、みんなの努力の成果です」
中央大学3年時に箱根駅伝3区で区間賞を獲得した上野は、エスビー食品やDeNAに所属し、日本代表としても活躍した。2018年12月、立大は、2024年の第100回大会出場を目指し、現役のトップランナーだった上野にチーム再建を託す。
目標より1年早く選手たちを箱根に導いたのが、上野の「走り」だ。比喩ではない。自らがペースメーカーとなり、選手たちとともに日々汗を流したのである。
就任当初、上野の目には、選手が箱根を本気で目指すというよりも、緩く陸上を楽しんでいるように映った。練習量も少なかった。箱根を目指すレベルの選手なら月に600kmから850kmは走るところ、立大の選手は月350km程度。練習も1日1度。
そんなチームに変革をもたらした異例の指導法には、いくつものメリットがあった。一緒に走ることで選手たちの体調や精神状態、キャラクター、ランナーとしての特徴などが手に取るように分かった。走っているさなかにも、気づいた点をアドバイスできる。何よりも選手との信頼関係が構築できた。
「当初は力のある選手が少なかったので、スピードを上げて集団を引っ張る必要があった。まだ走れる自分に合った指導かな、と」
メディアは上野を現役アスリート監督と取り上げる。独自の指導法や、いまもレースで走る姿からそう呼ばれるのだろう。でも、と上野は笑う。
「ぼくのなかで現役は、日の丸を背負って勝負できるレベルのこと。監督兼選手とよく言われますが、ぼくにとってランニングは趣味。正確に言えば、いまは監督兼市民ランナーです」
上野が箱根への手応えを感じたのは、2021年の予選会。結果は16位だったが、5kmを終えた時点で上位10人の合計タイムでトップだったのだ。悔しがる選手に上野は「箱根に出るのは簡単ではないけど、本気ならこっちもそのつもりで準備する」と語りかけた。
「箱根に出たい」と即答した選手たちは今回の予選会を6位で突破する。彼らが、市民ランナー監督の背中の先に見ていたもの──それが、箱根の景色だったのではないだろうか。
(文中一部敬称略)
取材・文/山川徹
※週刊ポスト2023年1月1・6日号