新治療で回復したKさん
小児科より睡眠専門医
アリピプラゾールによって症状が改善し、学校生活を送ることが容易になったのは、冒頭のKさんだけではない。
首都圏の中高一貫校に通うRさん(14才)は、小学生の頃から朝起きるのが苦手だった。6年生のとき、塾の職員に引率されて行った関西での私立中学受験の朝、スマートフォンのアラームも、実家からの着信音も、ホテルのドアのノックにも気づかず眠り続け、このままでは受験に間に合わないので、ドアを壊すしかないというタイミングでようやく目を覚ましたという経験がある。
中学校に進むと、病状はさらに悪化した。スマホのアラームは、5分おきに10回かけても起きられず、遅刻ギリギリに這うように起きだし、朝食を食べる余裕もなく学校に向かった。眠気は日中にも引きずり、6コマある授業のうち、2コマで寝落ちすることもあった。
中学2年生になると、担任から「顔色が悪い」と電話が入った。このままでは、学校に通えなくなるのではないかという心配もあり、母親が地元の小児科医に連れていくと、「起立性調節障害ではないか」と言われた。
その後、紹介状を持って向かった都内の大学病院で処方されたのは、やはりアリピプラゾール1mgだった。
薬をのみ始めた翌朝から「効果を感じた」とRさんは言う。
「それまではベッドに入っても、頭の中に2人目、3人目の自分がいるようで、考え事が止まらなかった。それが薬をのむと、30分以内には確実に眠くなる」(Rさん)
薬をのむのが22時で、24時にベッドに入ると、すぐに眠くなった。朝は1回目のアラームで目を覚まし、7時過ぎに起きることができるようになった。朝食を食べられ、授業で寝落ちすることもなくなった。
Rさんは「薬をのむ前の体力を100とするなら、いまは160」と語る。
専門医は高校卒業をめどに、アリピプラゾールを減薬していくのが望ましいと語る。
つらい症状に悩まされてきた中高生に画期的な効果がある一方で、この治療法には留意点もある。
「朝起きられない」患者にアリピプラゾールを処方しようとすると、保険適用外となる可能性が高い点だ。
アリピプラゾールの保険適用外の薬価は1mg1錠で20円強と、決して高価な薬ではない。しかし、保険適用外の医療行為を施すことに対する医師の心理的な抵抗は強い。実際、保険適用外であることを理由に、アリピプラゾールは処方できない、という医師もいる。
さらに、小児科医の中にはたとえ少量でも子供に向精神薬を処方することを躊躇する医師も多い。実際、「2種類以上の睡眠薬を処方するなら専門医に任せたい。さらに向精神薬が加わるのであればなおさらだ」との声もある。
もし現時点で、この新しい治療法を試したいのなら、小児科ではなく睡眠専門医に診てもらうのが近道かもしれない。最寄りの睡眠専門医を探すには、「日本睡眠学会」のウェブサイトに掲載されている日本睡眠学会専門医のリストがひとつの目安となる。
新しい治療法と共にこの病気への理解が進み、病に悩むより多くの親子に光が差すことを願う。
【プロフィール】
横田増生(よこた・ますお)/ジャーナリスト。福岡県生まれ。大学を卒業し米国に留学後、物流業界紙の記者、編集長を務め、1999年からフリー。著書多数。
※女性セブン2023年11月9日号