ライフ

【書評】三島由紀夫『戦後とは何か』 新しい日常への躊躇と戦時下の甘美への郷愁

『戦後とは何か』/三島由紀夫・著

『戦後とは何か』/三島由紀夫・著

【書評】『戦後とは何か』/三島由紀夫・著/中央公論新社/1650円
【評者】大塚英志(まんが原作者)

 大学で、思いつきで戦後文学についての講義を持った年があり「戦後文学」とは戦争への「出発」を留保された者たちの戦後という「日常」への困惑忸怩を描くものだという話を半年ほどした。

 最初が三島由紀夫「仮面の告白」で島尾敏雄「出発は遂に訪れず」を挟み大江健三郎「芽むしり仔撃ち」で終えた。この戦争の喪失感とでもいうべき主題は「仮面の告白」では甘美な「悲劇的なもの」を夢想する長い幼年時代が敗戦によって終わり「日常生活」という「恐ろしい日々」への恐怖として語られる。

 本書ではその過渡の日付としての「八月十五日」を主題とする六つの三島のエッセイが時系列で並ぶ。昭和25年には平穏な敗戦後の「天」に対し戦時下の「物騒」な「天」の接近を待望する。「夕な夕な窓に立ち椿事を待」つ三島がまずいる。

 昭和30年には「敗戦は痛恨事」でなかったと嘯き、敗戦後のいく年かにおいての傍観者だった自分を強調する。それは戦争末期に「仮病を使」いやり過ごし、しかし敗戦が開いた「新らしい、未知」に焦りもしたとする回想とも重なる。

 昭和36年には戦時下書いていた秀作の半ばに不意に終戦が注記され再び甘いロマンチックな小説が続いたと回想する。それが昭和40年になると自己像が兵役忌避から「彰義隊生きのこり」に変質、戦後文学を「建設」ではなく「破壊」を進行させるものだったとする。

 そこには当然、逆説が含まれるが昭和45年には自身の「これまでの二十五年間」を「空虚」と言い、「このまま行ったら『日本』はなくなってしまう」と憂うまでに至る。無論それらは三島が自身の文学的態度を語ったのであって戦後社会を批評した言説ではないが、戦後という新しい日常への躊躇や戦時下の甘美への郷愁が戦後日本を虚なるものと見なす、今ではネトウヨ辺りにも安く収奪された戦後論へと転じていくさまは窺えてしまう。

 成程、戦後というより戦後を語る保守の言葉がいかに作られたかが垣間見える「戦後論」であるが三島と保守の遠さを実感もする。

※週刊ポスト2025年4月11日号

関連記事

トピックス

元皇族の眞子さんが極秘出産していたことが報じられた
《極秘出産の眞子さんと“義母”》小室圭さんの母親・佳代さんには“直接おめでたの連絡” 干渉しない嫁姑関係に関係者は「一番楽なタイプの姑と言えるかも」
NEWSポストセブン
岐阜県を訪問された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年5月20日、撮影/JMPA)
《ご姉妹の“絆”》佳子さまがお召しになった「姉・眞子さんのセットアップ」、シックかつガーリーな装い
NEWSポストセブン
会話をしながら歩く小室さん夫妻(2025年5月)
《極秘出産が判明》小室眞子さんが夫・圭さんと“イタリア製チャイルドシート付ベビーカー”で思い描く「家族3人の新しい暮らし」
NEWSポストセブン
ホームランを放ち、観客席の一角に笑みを見せた大谷翔平(写真/アフロ)
大谷翔平“母の顔にボカシ”騒動 第一子誕生で新たな局面…「真美子さんの教育方針を尊重して“口出し”はしない」絶妙な嫁姑関係
女性セブン
川崎春花
女子ゴルフ“トリプルボギー不倫”で協会が男性キャディにだけ「厳罰」 別の男女トラブル発覚時に“前例”となることが避けられる内容の処分に
NEWSポストセブン
寄り添って歩く小室さん夫妻(2025年5月)
《木漏れ日の親子スリーショット》小室眞子さん出産で圭さんが見せた“パパモード”と、“大容量マザーズバッグ”「夫婦で代わりばんこにベビーカーを押していた」
NEWSポストセブン
六代目体制は20年を迎え、七代目への関心も高まる。写真は「山口組新報」最新号に掲載された司忍組長
《司忍組長の「山口組200年構想」》竹内新若頭による「急速な組織の若返り」と神戸山口組では「自宅差し押さえ」の“踏み絵”【終結宣言の余波】
NEWSポストセブン
第1子を出産した真美子さんと大谷(/時事通信フォト)
《母と2人で異国の子育て》真美子さんを支える「幼少期から大好きだったディズニーソング」…セーラームーン並みにテンションがアガる好きな曲「大谷に“布教”したんじゃ?」
NEWSポストセブン
俳優・北村総一朗さん
《今年90歳の『踊る大捜査線』湾岸署署長》俳優・北村総一朗が語った22歳年下夫人への感謝「人生最大の不幸が戦争体験なら、人生最大の幸せは妻と出会ったこと」
NEWSポストセブン
漫才賞レース『THE SECOND』で躍動(c)フジテレビ
「お、お、おさむちゃんでーす!」漫才ブームから40年超で再爆発「ザ・ぼんち」の凄さ ノンスタ石田「名前を言っただけで笑いを取れる芸人なんて他にどれだけいます?」
週刊ポスト
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者と職業不詳・奥本美穂容疑者(32)が逮捕された(左・Instagramより)
「よだれを垂らして普通の状態ではなかった」レーサム創業者“薬物漬け性パーティー”が露呈した「緊迫の瞬間」〈田中剛容疑者、奥本美穂容疑者、小西木菜容疑者が逮捕〉
NEWSポストセブン
大阪・関西万博で「虫が大量発生」という新たなトラブルが勃発(写真/読者提供)
《万博で「虫」大量発生…正体は》「キャー!」関西万博に響いた若い女性の悲鳴、専門家が解説する「一度羽化したユスリカの早期駆除は現実的でない」
NEWSポストセブン