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【書評】内田樹・著『知性について』 一人ひとりの「知性」は社会全体の豊かさを左右する公共財である 競争ではなく分かち合う事で「知の共有地」を創る

『知性について』/内田樹・著

『知性について』/内田樹・著

【書評】『知性について』/内田樹・著/光文社/1870円
【書評】堤未果(国際ジャーナリスト)

 加速する新自由主義に警鐘を鳴らした経済学者の宇沢弘文氏は、豊かな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を安定的に維持するための、「社会的共通資本」について説いた。

 自然環境、生活インフラ、制度資本、これらは市場原理にさらさずに、社会全体で守り育てるべき共有資産であると。だが私たち一人ひとりの「知性」もまた、競争や相対的優劣に最も馴染まず、社会全体の豊かさを左右する〈公共財〉であることに、一体どれほどの人が気づいているだろう?

『知性について』は不思議な本だ。淡々とした語り口なのに、あちこちに好奇心を揺さぶる刺激物が仕掛けられている。韓国の読者からの質問に著者が答えてゆく質疑応答形式だが、まず出てくる質問が、どれもこちらの想像からはみ出したものばかりなのだ。うーんと唸り回答する著者の脳内が音を立てて更新されてゆくのを、共に疑似体験しているようで、最高に面白い。

 米国にいた頃、母国語にない概念や、手持ちの知識で対応できない疑問にしょっ中ぶつかる友人たちとの日常会話を思い出す。第二言語を通すことで、私自身も知らなかった自分が出てきて驚かされ、毎日が楽しくてたまらなかった。あの日々が宝物になった意味が、この本で見事に言語化されている。「未知のものに対する敬意と好奇心こそが、知性を活性化するのだ」と。

 スピードと「わかりやすさ」と引きかえに、「わからないこと」の負荷に耐えることの価値を失う代償を、デジタル世代の子供達に伝えることは、私たち大人の最後の仕事になるだろう。

 競争ではなく分かち合う事で、〈知の共有地〉を創るという著者の夢が、決して不可能ではないことを、子供達に知らせたい。知性への刺激が全身のスイッチをオンにするあの貴い瞬間は、無限に創り出せるのだと。

※週刊ポスト2025年7月18・25日号

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