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【書評】夏井いつき著『パパイアから人生』を作家・岸田奈美が読む「名将の終わることなき百本ノックに引きずり込まれていく」 

【書評】『パパイアから人生』夏井いつき・著/小学館/1870円 

【書評】『パパイアから人生』夏井いつき・著/小学館/1870円

【書評】『パパイアから人生』夏井いつき・著/小学館/1870円 

【評者】岸田奈美(きしだ・なみ)/作家。1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。テレビ出演、ポッドキャスト番組、脚本執筆など活躍の場を広げている。著書にドラマ化もされた『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』をはじめ、『国道沿いで、だいじょうぶ100回』(小学館)、『もうあかんわ日記』(ライツ社)、『飽きっぽいから、愛っぽい』(講談社)など。最新刊に『もうあかんわ日記』文庫版(小学館)。 

『瓢簞から人生』は、俳人の夏井いつき先生が「人生に影響を与えた人」について書いた、忘れようとしても忘れられない鮮烈なエッセイ集だった。 

 その妹分として誕生した『パパイアから人生』は、真逆らしい。夏井先生にとって、三日もたてば忘れてしまうぐらい、どうでもいいことを書いたという。 

“姉妹本”のエッセイって、あんまり聞かないけど、これはすごいぞ。 

 しっかり者で涙もろい姉・瓢簞と、のん気で笑い上戸の妹・パパイア。仲良くケンカしながら、ひとつ屋根の下にチャカポコ暮らす二人の姿が目に浮かぶ。昭和のホームドラマかと思った。 

 さて。前作『瓢簞から人生』のお父さまと雪道の話には、本を閉じてしばらく放心するぐらい泣かされてしまったわたしであるが。今作『パパイアから人生』にもやられてしまった。 

 それは北海道で、夏井先生が俳句のイベントを開催した話だ。会場にはたくさんのファンが集まり、作ってきた俳句を持ち寄って、夏井先生と語り合っていた時のことだった。 

  私を希求する手よ夕顔よ 

 誰かが書いたこの一句。会場からは「助け合いだ!」「激情の恋だ!」などと意見が出る。俳句は読む人によって、違う光景が浮かんでいいのがおもしろい。 

 突然、年配の女性が「これは介護や育児の句だと思う」と言った。ふたりでいるのに、ひとりで背負うことの切なさは、夕方に押し寄せることを彼女は知っていた。 

 作者はまさに、家族を介護している男性だった。彼はしばらく絶句したあと「俳句に込めたかったことを、ちゃんと受け取っていただけたものだから、感極まってしまいました」とこぼした。 

 もうね、これ読んで、わたしゃ悔しくて! その場にいたかったよ! 涙を流しながら、全力でスタンディングして、割れんばかりの拍手を送りたかった。体育館ぐらいなら全然、割ってた。窓ガラスの一枚や二枚、割りたかった。 

 彼は俳句に出会うまで、自分の言葉の無力感に、打ちひしがれてきたんだろう。介護のしんどさは、そのしんどさが外へ伝わらないところにある。 

 壊れるほど愛しても3分の1も伝わらないのが『SLAM DUNK』ならば、壊れるほどしんどくても10分の1も伝わらないのが介護である。そのうち他人に説明するのも面倒になって、複雑な心境を胸の底に押し込める。他人とつながるために、本音を捨て、嘘をつく。それはそれで、もっとしんどい。 

 俳句が、そんな彼を救った。 

 同じ景色を浮かばせ、同じ気持ちでつながれた。そんな力のある言葉が自分から出てきたことが、彼をどんなに驚かせ、喜ばせたことだろう。言葉に背中をさすられ、生きていこうとする人の姿がありありと浮かぶ文章に、わたしの心は鷲掴まれた。 

 夏井先生は三日たてば忘れてしまう話ばかり書いたというけど、誰かにとっては決して忘れられない話が含まれているのがおもしろい。 

 俳句は17文字に、大切なものだけを残す作業だそうな。ハッ! すばらしい俳人は、エッセイを書いても、大切なものだけ残るのか。くうう……かっこいい……! 

 夏井先生ほど信頼され、愛されるエッセイの書き手を、わたしは知らない。夏井先生が書くエッセイのほとんどは、実は同じメッセージに帰結する。 

 いい俳句が書けますように。 

 いい俳句と出会えますように。 

 正解は越後製菓!並みのノリで、何度も何度も、夏井先生は繰り返す。それは祈りであり応援である。俳句は文芸なのに、夏井先生からは高校野球のごとき情熱と真っ直ぐさがほとばしる。読んでいるだけで、名将の終わることなき百本ノックに引きずり込まれていく。押忍。 

 読めばわかる。今日も今日とて、世界に何が起こっても、夏井先生はトランクひとつで飛び回り、俳句を詠み、言葉を書き続けている。底抜けに元気でいる。この安心感ったらない。 

 わたしは、本当に好きな書き手には、名作をひとつ残すより、どうか書き続けてくれと願っている。『パパイアから人生』は、変わり続ける世界で、書き続けてくれる名将の本なのだ。 

女性セブン202594日号 

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