実業家の薄井シンシアさん(撮影/黒石あみ)
出産を機に専業主婦となり、子育て後の47歳に再就職し、時給1300円のパートから年収1300万円の管理職に就き、現在は ICCコンサルタンツの Chief Empowerment Officer(最⾼エンパワーメント責任者)としても活躍する薄井シンシアさん(66歳)。「子育ては期間限定」と考えたことで専業主婦という選択をし、子育てに専念。一人娘の紗良さんと徹底的に向き合い、ハーバード、イェール、プリンストン大学、それにウィリアムズカレッジとアメリカの一流大学に軒並み合格させ、自立した女性として育てあげた。
シンシアさんはどのような子育てをしていたのだろうか。著書『ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか ママ・シンシアの自力のつく子育て術33』(KADOKAWA)から一部抜粋・再編集し、子供へのお金の価値を理解させた子育てのエピソードを紹介する。
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「お小遣い制」でお金の価値を知る
ひと月1万円。中学1年生だった紗良のお小遣いです。これは、過ぎた金額でしょうか? 確かに、わが家は裕福ではなかったので、お財布には痛い金額でしたし、他のお母さんの目から見れば、驚きの金額だったかもしれません。しかし、1万円が妥当な金額かどうかは、0の多さで決めつけるものではない気がします。
もっとも、これは私にとっても予期せぬ展開、まさにひょうたんから駒で決まった金額でした。発端は、ウィーンの国連学校に転校して、初めての夏休みを前に、二人で靴を買いに出かけたときのこと。
私たちが向かった先は、ウィーン1区です。ここは、古くからのファッションスポットで、靴の有名店が路地裏深くまでたくさん軒を連ねていました。1軒目に入った店は、瀟洒で明るい空間に、大人靴だけでなく子ども靴がセンスよく並べられていました。見て回っているうちに、大人靴のコーナーで、紗良の足がピタッと止まりました。視線の先にあったのは、1足のサンダル。ペタンとした草履型の、いわゆるトングサンダルです。ソールが豹柄、ストラップ部分が茶色。明らかに大人の高級サンダルでしたが、紗良は迷わず手に取ってしげしげと眺め、弾んだ声を上げました。
「ママ、これがいい!」
見れば、ドルチェ&ガッパーナのロゴ。もう値段は想像できます。私は、一瞬顔がこわばりました。でも、目をキラキラさせて靴をしっかり抱えている紗良に、どうして理由もなく「ダメよ!」などと言えるでしょう。ですが、値札を見ると、予感的中の100ユーロ(当時、約1万円)。隣にいた紗良も、横目でしっかり見ていました。
「……。 ママ、いいわ。 他のを探すから」
紗良が、がっかりしたのは目にも明らかでした。切なくなりました。でも、私もすぐに買ってあげるとは言えなかったのです。
「いいの? じゃあ、他の店も見てみよう。もっといいのがあるかもしれないわ」
紗良と私は、気を取り直して次の店へと向かいました。そして、さらに路地裏の店へ、大通りの店へと、まるで出口のない迷路をさまようように見て回ったのです。しかし、「これはどう? すてきよ」という私の声にも紗良は上の空。二度と再び、紗良の足がピタッと止まることはありませんでした。あのドルチェ&ガッバーナのサンダル以外どんな靴も、もう紗良の目には入らなくなっていたのです。私は、とうとう言いました。
「紗良、さっきのサンダルがいいんでしょ?」
「……。 いいの。もう少し探してみる」
買い物中に予期せぬ出来事が起きた(撮影/黒石あみ)
家計に余裕がないことを知っている紗良は、明らかに遠慮していました。私の気持ちはしかし、すでに「買う」方へと傾いていました。なんとか相応の理由をつけて、ドルチェ&ガッパーナを買ってあげたい「……。頭をフル回転させていると、ピカッといつもの電球が光ったのです。
「紗良、では、こうしましょう。あなたに今月から毎月、お小遣いを100ユーロあげます。どうしても、あのサンダルが欲しいのなら、そのお小遣いで買いなさい」
ただし、と私は条件をつけました。
「この100ユーロの中にはね、あなたの着たい服やCD、ペンやノート、それに、お友達と映画に行ったり、アイスクリームを食べたりするためのお金が全部含まれるのよ。毎月 ちゃんと、自分で管理できる? ただし、本と私が必要と思うものだけは、ママが買ってあげる」
もし、このプランを実行するなら、これからの1カ月、仲良しのスージーちゃんたちと遊園地には行けません。可愛いカードも鉛筆も買えません。紗良は、しばらく考えていました。
「いいわ、私、それでいい。今月のお小遣いで、あの靴を買うわ」
紗良は、晴れ晴れとした笑顔を取り戻しました。私たちは、急ぎ足で店へ向かいました。 売れてしまってはいないかしら、と少し心配しながら……。
お小遣いの管理は本人にさせる(撮影/黒石あみ)
もちろん、その後1カ月間、紗良は底の見えた財布に耐えていました。どこへも行かず、何も買わずに(笑)。こうして、サンダルをきっかけに、お小遣いの管理は紗良本人にさせることになりました。ちなみに、このドルチェ&ガッバーナの靴は、紗良が大学生になるまで活躍しました。それだけ大切に履いたのです。
お小遣い制にして、その内容まで取り決めて管理させることは、自立の一歩になります。ただし、決めた金額は必ず守らせる。足りなくなっても援助しません。そうして、お金の価値を紗良は学んでいきました。
◆薄井シンシアさん
1959年、フィリピンの華僑の家に生まれる。結婚後、30歳で出産し、専業主婦に。47歳で再就職。娘が通う高校のカフェテリアで仕事を始め、日本に帰国後は、時給1300円の電話受付の仕事を経てANAインターコンチネンタルホテル東京に入社。3年で営業開発担当副支配人になり、シャングリ・ラ 東京に転職。2018年、日本コカ・コーラに入社し、オリンピックホスピタリティー担当に就任するも五輪延期により失職。2021年5月から2022年7月までLOF Hotel Management 日本法人社長を務める。2022年11月、セールスフォース・ジャパンに入社し、その後、退社。現在ICCコンサルタンツの Chief Empowerment Officer(最⾼エンパワーメント責任者)として活躍。著書に『専業主婦が就職するまでにやっておくべき8つのこと』(KADOKAWA)『ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか ママ・シンシアの自力のつく子育て術33』(KADOKAWA)『人生は、もっと、自分で決めていい』(日経BP)がある。@UsuiCynthia