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【書評】石川智健氏『エレガンス』人は如何に生きるべきかとの問いを現代に投げかける

『エレガンス』/石川智健・著

【書評】『エレガンス』/石川智健・著/河出書房新社/2178円
【評者】澤田瞳子(小説家)

 今年は太平洋戦争終結から節目の年とあって、各種マスコミでも戦争関連の報道が増えた。本作の舞台は今から八十年前、戦争最終末期の東京。だがそこに紡がれる物語と登場人物たちの抵抗は、変わり続ける世界の中で人は如何に生きるべきかとの問いを現代に鋭く投げかける。

 写真機を手に戦時下の都内の光景を撮り続ける警視庁写真室の石川は、内務省所属の吉川とともに、若い女性たちの連続首吊り自殺を捜査する。いずれの遺体も身にまとうスカートが美しく広がった姿勢で発見されたことから、「釣鐘草の衝動」と新聞が呼ぶに至ったこの事件を、吉川は他殺と断定。その根拠として、被害者たちが自らの首にかかった紐を解こうともがき、首に残るに至ったひっかき傷に注目する。史実として、後に着目者である吉川の名を取り、「吉川線」と呼ばれる防御創である。

 一方で被害者の周囲にいた人々もまた、若く、目的を持って生きていた彼女たちが自殺を選ぶわけないと主張する。街のどこを見ても戦争の陰は色濃く、洋服を着て歩くだけで怒鳴られ、偏見の目を向けられる世の中。空襲を告げる半鐘の中でも木炭の熱でパーマをかける女性やそれを支える者たちは、美を通じて時代や暴力と戦い続けていた。そのひそやかで自由で迷いのない歩みは、徹底的に生きることに執着し、空襲による一方的な死がまかり通る最中だからこそ、数名の死を通じ、許されざる暴戻に歯向かおうとする吉川の姿と強く通じ合う。

 世界は時に無慈悲で、弱き者の暮らしを暴力的に奪う。ならば奪われる者はその圧倒的な世界に飲み込まれるしかないのか。本書はミステリーの形を取りながら、「否」とそれぞれの手立てで叫び、自分を守り続けた人々の──そして変わり続ける時代を生きねばならぬ我々自身の物語である。

※週刊ポスト2025年10月31日号

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