江戸時代のあんどんのあかりを体験するようなイベントが人気
24時間営業や「眠らない街」が珍しくなくなったことへの反動なのか、今、“闇”が人気なのだという。作家で五感生活研究所の山下柚実氏がレポートする。
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しんしんと冷える初冬の夕刻。吐く息は白く、手はかじかみ、ホッカイロが欲しい。そんな中でびっくり。長蛇の列ができている! 11月24日、東京都小金井市・小金井公園の中の、江戸東京たてもの園。
日が落ち月が輝き出すその頃、風変わりなイベントが始まりました。「民家で昔のあかり体験」。江戸時代に建てられた古い民家の中で、当時の明かりを再現する、というイベントです。
まず、最初の座敷。ここは江戸時代のあかりです。あんどんが置かれています。あまりにも暗いな。ぼうっとした弱い光が、菜種油の灯心から放たれています。その照度は、ほんの豆電球程度。最初は暗さにとまどうけれど、しばらくすると、だんだんに見えてくる。ものがはっきりと判別できてくる。自分の眼力がパワーアップしていくような不思議な感覚。
慣れれば、あんどんの光で筆の文字も読めるし、浮世絵も鑑賞できる。浮世絵の背景がキラキラっと輝く。雲母の微粉を用いた「キラ刷り」が反射している。キラ刷りという技法は、暗い中でも楽める光の仕掛けだ!
次の間は、和ろうそく2本だけ。空気が動くと光も揺らぐ。ふらふらとゆれて、影を作り出す。火を見ているだけで飽きない。和ろうそくは、あんどんの「2倍」の明るさらしい。
そして次の間は、いよいよ明治時代。近代的なランプの光へ。安定したその光は、ろうそくの2倍。新聞の小さな文字も読める。ランプの登場でさぞかし夜間の勉強ははかどったのでは。でも、ランプの光は安定しすぎていて、何だかつまらない。ランプを「事務的」と感じたのは、生まれて初めて。これも、江戸時代の光を体感したからに違いありません。
次の間は昭和初期、電気が普及した当初の20ワットの裸電球。実に明るい。ふだんの生活なら、20ワットあれば十分いけるのでは。そして最後に100ワット、今の照明に戻ってきました。暗闇に慣れた目には、まぶしすぎる! くらくらっと目眩がしました。
江戸、明治、大正、昭和と時代設定を変えた明かりを古い民家で味わうイベントは、発見だらけでした。なんといっても驚かされたこと。それは、こんな「地味な」イベントに大人から子どもまでが列をなし、押しかけていたこと。既存の施設も、使い方・演出を工夫して「独特の体験」を提供できればたくさんの人が集まってくる。デジタル時代だからこそ、アナログ感覚・肌感覚が際立つ体感・実感的イベントが面白いのかもしれません。
実は、暗闇関連のイベントはここだけではありません。あちこちで多種多様なものが開催されていることをご存じでしょうか?
お寺で「暗闇ごはん」というイベントを開催しているのは浅草・緑泉寺。視覚を遮断して嗅覚、味覚、聴覚、触覚をフル回転させる。それには「食べる」という行為が効果的というねらいだとか。
一方、毎週「暗闇カフェ」を開催しているのは、国分寺の「カフェースロー」。店内の電気を消し蜜蝋ろうそくの灯りで営業。暗闇演出人による生演奏のBGMがいつもと違う響きに。その中で食事とお酒が楽しめます。
もう一つ、暗闇といえばこれ。渋谷区内で2009年から長期開催している『ダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)』。そのものずばり、暗闇体験を提供するプロジェクト。一筋の光もささない真っ暗闇の空間を進んでいくといくつもの新鮮な発見が…。すでに8万人が来場し、2013年4月には大阪でもオープンする予定ということからも、その人気ぶりがうかがえます。
さああなたも、煌々と照られた明るい世界から、陰影際立つ闇の世界へ。眠った五感を目覚めさせてみてはいかが。