安倍晋三首相は靖国神社参拝に対する中韓の反発は承知の上だったはずだ。しかし、かつての「連合国」を全部敵に回すことになるとまでは考えていなかったのではないか。電撃参拝の当日(昨年12月26日)、真っ向から冷や水を浴びせたのは中国ではなく、在日米国大使館だった。ただちに「米国政府は失望している」という声明を発表したのだ。それを皮切りに、米国務省、ロシア、EU(欧州連合)が次々に非難声明を出した。
これまで歴代首相の靖国参拝を批判したことがなかった米国、EUを含めて、米英仏露中という、まさにかつての第二次大戦における連合国(そして現在の国連常任理事国)が、安倍参拝批判で足並みを揃えるという異例の事態だった。狡猾なロシアは1月下旬から始まる北方領土交渉でも、首相の靖国参拝を口実に「北方領土占領の正当性」を主張する方針だという。
安倍首相は、対中国、対韓国に毅然とした態度を示したつもりが、見事に揚げ足をとられ、「連合国」による安倍包囲網を敷かれたのである。自民党内からは安倍政権の外交判断を疑問視する声が上がっている。
「国際社会では、中国の防空識別圏や韓国の朴槿恵大統領の告げ口外交に批判が強まっていた。ところが、安倍総理の靖国参拝はせっかくの中韓批判ムードを吹き飛ばしてしまった。結果的に最悪のタイミングだった」(自民党ベテラン議員)
果たして、官邸は本当にこうなることを予測できなかったのか。少なくとも米国の反応については事前に情報を得ていたはずなのだ。
というのも、実は、安倍首相は今回の参拝に先立つ昨年11月下旬、側近の衛藤晟一・首相補佐官をひそかに米国に派遣し、靖国神社を参拝した場合の米国政府の反応を探らせた。ルース前駐日大使などから、歴史認識に対する忠告を受けており、米国の反応を相当気にしていたからだ。結果は、案の定、米国は参拝に否定的だったという。
「衛藤さんは米国の政府関係者や知日派のシンクタンクの専門家らと会談したが、その中には、はっきり『やめた方がいい』という忠告があった。衛藤さんは帰国してそれを総理や菅義偉・官房長官に報告している。だから菅さんは時期尚早と参拝に反対した」(自民党幹部)と打ち明ける。
衛藤氏は「米国には北朝鮮情勢についての調査に行った。靖国については公式には何もしていない」と言葉を濁したが、首相は米国からの反発をある程度承知の上で、あえて参拝を決断したということだ。だが、アメリカの反発は想像以上で、菅長官らは慌てふためいている。
※週刊ポスト2014年1月24日号