ところがプーチンは昨年9月4日に放送されたテレビ番組のインタビューで、チャイコフスキーの存在について「ロシアが同性愛者を差別しないことの証明だ」という主旨の発言をした。
〈プーチン大統領は番組内で、「チャイコフスキーは同性愛者だったが、彼は偉大な音楽家であり、われわれは彼の音楽を愛している」と指摘。その上で「ささいなことに大騒ぎする理由はない。この国で恐ろしいことなど起きていない」と述べた。〉(2013年9月4日、ロイター)
谷内氏の証言から明らかなように、プーチンは同性愛者だったチャイコフスキーに共感や愛着を持っていない。そのプーチンが、チャイコフスキーが同性愛者であったことをあえて強調し、ロシア社会においても同性愛者が受け入れられ、ロシア国家がこの人たちの権利を保全しているがごとく装っている。
欧米諸国首脳がソチ五輪開会式への参加を躊躇したのは、実際には同性愛者の権利を厳しく制限しているにもかかわらず、あたかもそのような規制が存在しないが如く振る舞うロシアの欺瞞的な態度に反発したという理由があるのだ。
それだけではない。欧米諸国はロシア政府が、ソチ五輪開会式でのテロを防ぐことができるかどうかについて強い疑念を抱いていた。プーチン大統領はテロ対策には最大の力を入れていると何度も強調した。例えば、1月20日の露国営ラジオ「ロシアの声」ではこんな論評が放送された。
〈安全確保という課題に関しては、プーチン大統領は「ソチでは世界のあらゆる経験が総動員される」と述べた。期間中、会場にはおよそ4万人の治安機関職員・特務機関職員が配備される。それでいながら、彼らの活動が「お目を汚すことはない」という。選手たちも、記者たちも、観客たちも「自分たちはスポーツの祭典にやって来たのだ」「冬季スポーツの殿堂にやって来たのだ」と感じられるよう、可能な限りの環境整備が行われているとプーチン大統領は述べた。〉
五輪会場に約4万人の治安機関職員・特務機関職員が配備されるが、彼らの活動が「お目を汚すことはない」ということは、私服で群衆の中に秘密警察の職員がつねに紛れ込み、人々を監視しているということだ。テロリストによって「血のオリンピック」になることを防ぐのが今回のロシア政府の最大関心事項である。そしてロシアの場合、「疑わしきは殺す」というのがテロ対策の基本だ。
※SAPIO2014年3月号