「小樽が舞台のドラマで、僕は倍賞千恵子さんのお婿さんの役でした。山田先生が『いい声の醜男』を探していたところ、それを小耳に挟んだ音楽番組のプロデューサーが『だったら上條恒彦はどうですか』って推薦してくれたらしい。それで僕がやることになりました。
山田先生の脚本で、倍賞さん、芦田伸介さん、松村達雄さん、北林谷栄さんに米倉斉加年さんもいる作品ですからね。その時は『もう絶対に役者にはならない』というかつての誓いはどこかへ忘れてしまっていました。
僕は台詞の勉強もしてないわけですから、読み合わせの時も棒読みしかできないんですよ。でも、山田組の皆さんは僕ができるようになるまで待っていてくれました。現場のセットは撮影がない時もバラしてなくて、山田先生は撮影前日からそこで僕に稽古をしてくれました。倍賞さんも一緒に来てくれて。
山田先生が教えてくださったのは、演技の仕方ではなく芝居の内容でした。ドラマの背景だとか、相手との関係だとか、『こういう状況だからこのセリフが書かれている』というような。
そのすぐ後に『男はつらいよ 寅次郎子守唄』にも起用されましたが、つらかったですね。自分がちっともできなくて。役者の修業をしてなかったことを思い知らされました。やってもできない。山田先生の演出についていけないのもあったけど、自分で自分が納得いくようにできないことが凄く悔しかった」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』(文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』『市川崑と「犬神家の一族」』(ともに新潮社)など。本連載をまとめた『役者は一日にしてならず』(小学館)が発売中。
◆撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2016年4月15日号