勝又は躊躇した。夢への第一歩だといえ、安くはないし、いくら指導を受けた所で、またAらの仲間をアピールした所で、成功するとは思えない。そんな勝又の思いを見透かしたように、Aは更に畳み掛けてくる。
「30万円は決して安くないし、リスクもある。それなら、もう少しだけ頑張って“リスクの無い”方法を選択するのはどうか、と。」
Aが勝又に提案したのは総額100万円超の「育成コンプリートパック」と呼ばれるプランで、写真撮影から「ランディングページ」といわれる情報商材販売用の宣伝ページの作成、有料セミナーにおいて登壇者として参加出来る権利など、Aいわく「失敗する事があり得ない」という内容だった。
すでに契約書を持参していたAが印鑑を押すよう迫るが、勝又には100万円超を支払える余裕は無い。するとAは携帯を取り出し、次の打ち合わせをするという人物と会話を始めた。「予定が押して…」「残り枠が…」「スタジオの日程は…」「収録が…」「ブレックファストミーティングで…」意味ありげなAの電話が、勝又に焦りを覚えさせる。
「このチャンスを逃せば二度と無い、と勝手に思ってしまい…。貯金の50万円と、サラ金で借りた80万、合計130万円現ナマを持って再びAの元に向かいました」
それから一週間後。
勝又のフェイスブック、ツイッター、アメーバブログがAの仲間や関連会社によって作成された。ブラック系のスーツ一式で身を固めた勝又の写真は、貸衣装付のスタジオで撮影されたものだという。さて、これで準備は整った…と思われたが。
「二、三度、AのSNSで僕の事を「次の成功者」みたいな感じで紹介してくれましたが、フォロワーも読者も一向に増えませんでした。アドバイスを請うも忙しいの一点張りで、今は電話にも出てくれない。その時、初めて騙されたと気が付きました」
同じようにして“騙された”数人とSNSを通じて知り合った勝又。現在は返金してもらえるよう訴訟準備中だと息巻くが、その前途が暗いように思えたのは、勝又が後日筆者に寄越した、このメールのせいではないだろうか。
「森さま★先日はどぅもありがとうございます(^^)Aはとんでもない詐欺師ですが、Bさんというネットに詳しい方が協力してくれて、一緒に新たなスキームを考案中です(^^)。添付のPDF資料を見てもらえれば、このビジネスがいかに…」
SNSをきっかけとした詐欺の被害に遭うのは、ネットを使い慣れた若者が多いとも報じられている。しかし、そんな世間の印象とは裏腹に、実際の被害者は勝又氏のような中年男性少なくないのである。そして、一度被害に遭った人物が、それを取り戻そうと似たような投資に乗り出すのも特徴のひとつだ。どうやったら被害の連鎖は止まるのか、その答えは今も見つけられない。