〈大菩薩峠は江戸を西に距る三十里、甲州裏街道が甲斐国東山梨郡萩原村に入って、その最も高く最も険しきところ〉と、原作の書き出しを冒頭に引く本作は、新緑美しい5月の峠で深編笠に着流し姿の侍が、巡礼・与一兵衛をいきなり斬りつける場面で始まる。
その間、孫のお松は水を汲みに行っていて難を逃れ、係累のない彼女を神出鬼没の行商人・七兵衛が支えるなど、大筋はほぼ原作通りだが、違うのは凶行の際に竜之助が〈痛いか〉と訊ね、頭上では〈青猿〉がしきりに鳴いていたこと。しかもこの猿は竜之助の行く先々に出没し、彼が誰かを斬るたびに〈おきゃああっ〉〈おきゃああっ〉と、不気味なBGMを奏でるのである。
「原作で唯一魅力的なのが、実在の義賊をモデルにした七兵衛で、僕も一番好きなキャラなんですね。ところが竜之助が試合う宇津木文之丞は敵役として軟弱すぎるし、彼の許婚者・お浜や、江戸で竜之助を雇う土方達からも、作者の愛情が全然伝わってこないんですよ。
そもそも土方は日野出身で、机弾正・竜之助親子が道場を構える沢井村はすぐ近く。だったら江戸に出る前に会ってもおかしくないし、近藤勇や沖田総司とも新選組結成以前から因縁のある設定に変えています」
一方、土方や竜之助に、文之丞を殺してほしいとせまるお浜は、本作でも一層の妖女っぷりを発揮。また、〈丹波の赤犬〉という盗賊にさらわれ、犯されるお浜の姿を見て一物を固くする土方の欲情や、〈ああ、人を斬ってみたいなあ〉と無邪気に言う沖田の闇など、従来の新選組ものにはない〈昏(くら)い悦び〉が印象的だ。