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【与那原恵氏書評】ナチ復興を目論む組織の実態を明かす本
【与那原恵氏書評】ナチ復興を目論む組織の実態を明かす本
【書評】『ネオナチの少女』/ハイディ・ベネケンシュタイン・著/平野卿子・訳/筑摩書房/2300円+税【評者】与那原恵(ノンフィクションライター) ベルリンの壁が崩壊し、東西ドイツ統一後の一九九二年。ミュンヘンにほど近い小さな村で、本書の著者、ハイディは四姉妹の三女として生まれた。父は社交的な税関捜査官、母は周囲からも愛される主婦だった。ごくありふれたドイツ人一家に思える。 ハイディの父はナチズムの熱烈な信奉者だ。娘に徹底した思想教育を施し、ヒトラー・ユーゲントの再現を目指す団体の秘密キャンプに送るなどしてきた。いわゆる「ネオナチ」ではなく、〈正統派のナチ〉を自認する。 ハイディの両親は一九五〇年代半ばごろの生まれだろう。第二次世界大戦後のドイツは、ナチス・ドイツの暴力支配がもたらしたおぞましい帰結に対し、「過去の克服」を掲げ、被害者への補償、反ホロコースト教育などを含め、さまざまな取り組みをしてきた。 しかしハイディの父は、母親から〈第三帝国時代の自分の子ども時代がいかにすばらしかったか〉を聞かされ、強く影響を受けたという。人は記憶したいものだけを記憶するという一例であろう。 ハイディは、強権的な父が指し示すままに、〈ただ目の前の道を歩いていっただけ──その道が右へと曲がっていた〉という。父への反発心はあるものの、閉ざされた世界の中で彼女は成長していき、やがてネオナチの仲間とともに暴力的な行為にも加担した。とはいえ、どこか冷めていた彼女は、葛藤の末、十八歳で右翼社会から脱出する。 本書は平坦な道のりではなかったハイディの半生をつづったもので、学術的な検証がなされているわけではない。それでも彼女は、実体験を通して、ナチズムの遺産を受け継ぐべきだと訴える組織の実態を明らかにし、格差社会の中で鬱憤を抱える若者たちがネオナチの仲間を得ていく経緯などを、生々しく描いている。 右翼政党が台頭するドイツで、本書は大きな反響を呼んだ。ナチズムの歴史が塗り替えられ、都合よく解釈され、再びよみがえろうとする現代への警鐘となった。※週刊ポスト2019年3月22日号
2019.03.16 16:00
週刊ポスト
【香山リカ氏書評】うつ病防ぐにはゆる登山とBDNF増やす食事
【香山リカ氏書評】うつ病防ぐにはゆる登山とBDNF増やす食事
【書評】『心の病を治す 食事・運動・睡眠の整え方』/功刀浩・著/翔泳社/1400円+税【評者】香山リカ(精神科医) 最近、「うつを治す食事」といった本や記事は山のようにあれど、どれもいまひとつ根拠に乏しい。ところが本書は違う。著者の功刀医師が長年の研究で明らかにした「過剰なストレスホルモンが脳を痛めつける」という仮説がベースになっている。 ストレスホルモンとは、慢性のストレス(著者は「じわじわストレス」と呼ぶ)に対処するために体内で分泌されるステロイド系のコルチゾールのことだ。これはストレス状況では必要なものだが、過剰になると脳の神経細胞を活発にする「BDNF(神経栄養因子)」の生成を低下させ、結果的にうつ病などの原因を作るのだ。 では、どうすればいいのか。ひとつはもちろん、「じわじわストレス」を減らしてストレスホルモンが分泌されない状況を作ることだ。そのためにも功刀医師は、「長時間労働をやめよう」「運動を楽しもう」と提唱する。とくにおすすめは駅にも近い低山を楽しむ「ゆる登山」だそうだ。 それからもうひとつ、食事によっても脳を守る「BDNF」を増やすことができる。とくによいのは魚の油のEPAやDHA。セロトニンの元を供給するためには、肉や卵などアミノ酸を含んだ食品も欠かせない。鉄や亜鉛などのミネラルが不足しても脳は正常に機能しないので、レバーやカキ、大豆製品なども必要。ただし、メタボはうつ病のリスクを上げることがわかっているので、炭水化物や糖分は控えめにしたほうが。 このように生活全般にわたってのいろいろなアドバイスがわかりやすく書かれているが、ひとことでまとめると「何ごともバランスよく。そして心の豊かさを目指した生活を」ということに尽きると思う。 出世、モテ、お金、それもけっこう。でも、その結果、いつの間にか「じわじわストレス」が脳とからだをむしばんで、「メタボでうつ病で生活習慣病」になどなっていたら目もあてられない。さあ、今日からできる“元気脳”のための生活改善。あなたもぜひどうぞ。※週刊ポスト2019年3月22日号
2019.03.15 07:00
週刊ポスト
【著者に訊け】町屋良平氏 芥川賞受賞作『1R1分34秒』
【著者に訊け】町屋良平氏 芥川賞受賞作『1R1分34秒』
【著者に訊け】町屋良平氏/第160回芥川賞受賞作『1R1分34秒』/1200円+税/新潮社「ちょうど小説を本格的に書き始めた頃に通い始めて、2年前にやめました。プロには結局、手が届かなくて」 だが小説はプロになった。2016年に第53回文藝賞受賞作『青が破れる』でデビューし、1月に第160回芥川賞を『1R1分34秒』で受賞した町屋良平氏は、「僕は生活と作品をあえてリンクさせて書くタイプ」と、かねて公言してきた。 本作の主人公〈ぼく〉は初戦こそ初回KOで飾ったものの、以降は2敗1分と負けが込む新人ボクサー。そして〈敗けたら引退〉の覚悟で臨んだ対〈近藤青志〉戦の模様が冒頭には綴られてゆくのだが、実はこれもビデオの中の負けた自分を見ている、彼の回想なのだ。つまり次戦が決まるまで彼はその敗戦の記憶を抱えて生きねばならず、本書はそんなやるせなく不可逆な、時間を巡る物語でもある。「例えば『青が破れる』でプロをめざしジムに通う主人公は投稿時代の自分、本作では小説家として本当にやっていけるのか、不安になり始めた頃の自分が投影されていて、僕はその時々の自分という運動体を、作品化したいと思っています。 これはボクシングを始めて実感したのですが、昨日の自分と今日の自分は同じ自分でも別物で、筋力一つにも常に揺れがあるんです。そんなふうに日々変化する自分や世界を僕らは一定の言葉に押し込め、認識したつもりでいる。けれど、そこからハミ出た差異やズレをそのまま引き受け、言語によって凝縮させるのも、小説の役割だと思うので」 面白いのは、元々研究肌で何事も〈あたまで考えすぎ〉な主人公が、試合前に対戦相手を研究するうちに脳内で〈親友〉になってしまうこと! 彼は夢の中で相手を〈青志くん〉と呼び、その行動パターンや人間性まで妄想してしまうのだ。 だが実際はレバーを連打され、最後は右アッパーをくらい3RKO。友情は脆くも裏切られるが、彼はわかってもいた。〈つぎの相手がきまるまで、この試合の日の記憶と、いまビデオをみていた真夜中の記憶の中間で生きる〉〈ありえたかもしれないKO勝ち、ありえたかもしれない判定勝ち、ありえたかもしれない引き分け、ありえたかもしれない判定敗けを、パラレルに生きる他ないのだ〉◆余地や揺らぎのある小説を書く そんな彼にも友人はいた。〈趣味で映画を撮っている友だち〉だ。主人公を呼び出してはその姿をiPhoneに撮りため、試合が決まると必ず小旅行をプレゼントしてくれる友人の前でのみ、彼はなぜだか素直な思いを言葉にすることができた。 あるいはジムの先輩格で、トレーナー役を買って出た〈ウメキチ〉だ。幸い次の対戦が決まった彼に戦術の変革を命じ、毎朝弁当まで用意してくれるウメキチを、しかし彼は完全に信用できず、ひとまずゲーム感覚で相手を信じる、〈信頼というゲーム〉まで編み出すのだ。「結局、誰かを信じるのも一種の契約だと思います。まして自称〈体育会ひとみしり〉の彼は、精神論を妄信したり、スポ根に出てくる典型的で孤独なボクサーになり切れない自分を持て余している。そんな彼を、〈考えるのはおまえの欠点じゃない。長所なんだ〉と解放してくれたのが、このウメキチでした。 友人関係でも彼は曖昧さを悉く疑い、より確かなものを探している。この友人はそれをよくわかっていて、その時々の彼の姿を映像の形で撮ってくれていたことが、主人公にとっては凄く大きかったと思います」 さて本書のハイライトは、リング上の手に汗握る攻防以上に、次戦との間に横たわる残酷な空白や、過酷な減量を通じて彼が覚醒し、失いかけていた記憶や時間を取り戻す過程にある。 そのよすがとなったのが、友人が撮影した過去の自分であり、自室の日照を阻む〈立派な木〉であり、友人と旅先で見た〈巨大な川〉だったりした。〈目の前でながれている川が、自分のみていないときも、死んだあとも生まれるまえもながれている、しかし自分はこんなにも生がきつい。そこへ空が白みはじめ、光が川の一部を鏡にした。おもわず一瞬おお、という声がでる〉「木とか川とか、自分とは関係なくそこにあり続ける存在が彼にとっては救いになったと思う。スピッツの『さらさら』という曲に”見てない時は自由でいい”という歌詞があるのですが、僕自身、あの詞には物凄く救われた気がしました。 誰も見てくれない時の輝けない自分や過去の消したい自分も丸ごと受容する、信頼のゲームにも繋がると思います。彼が彼なりのボクサー像を見出すように、僕は僕なりの文学を見つけるしかなく、結局はどんな自分も肯定し、信じられるかどうかだと。 そして何物にも定義されないまま漂い続ける主人公の心理を追体験した読者が、それを自分の日常に反映できるような余地や揺らぎのある小説を、僕はできれば書いていきたいんです」 表題の1R1分34秒とは、「そこに至るまでに要した全ての時間を思えば呆気なく、それでも互いの力を確かめることはできる、絶妙な決着時間」とか。そんなギリギリの勝利を主人公が夢想し、〈きっと勝つ〉〈そうしたら記憶をひからせてやるからな〉と決意しては揺れ動く場面で物語は幕を閉じる。試合結果は知れずじまいだが、彼の過去現在未来が再び輝きを取り戻すであろうことだけは信じられる、ボクシングを超えた成長小説だ。【プロフィール】まちや・りょうへい/1983年浅草生まれ。「3歳からは埼玉県の越谷育ちです」。高校卒業後、フリーターを経て、現在会社員。2016年『青が破れる』で第53回文藝賞を受賞。同作は三島賞候補ともなり、2018年『しき』で芥川賞候補、今年本作で第160回芥川賞を受賞。「身長はぜひ言っておきたくて、157cm、50kg、B型です。最近は高身長のイケメン俳優が多いからか、漫画の実写化等でも、元の作品世界が歪められがちですし、小柄男性の地位を少しでも上げていきたいんです(笑い)」■構成/橋本紀子 ■撮影/三島正※週刊ポスト2019年3月15日号
2019.03.07 16:00
週刊ポスト
【池内紀氏書評】奇妙な物に熱中してきた美術史家の報告書
【池内紀氏書評】奇妙な物に熱中してきた美術史家の報告書
【書評】『木下直之を全ぶ集めた』/木下直之・著/晶文社/2000円+税【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト) ヘンなタイトルなのは、木下直之展と連動していたからだ。この美術史家は三十年にわたり、奇妙なコレクションに熱中してきた。駅前などによくある「愛」「平和」といった銅像、戦後、日本各地にコンクリートで造られた安っぽい城、日清・日露の戦勝記念碑、青年を刻んだ彫像の股間のデザイン……。 苦労して探し出すまでもない。当の素材は天下にころがっている。そこにあっても誰も見ない、見ても何も思わない。美術史ではふつう、こういうシロモノを「キッチュ(まがいもの)」と呼んで相手にしない。木下直之はまともに相手をした、日本で最初の(そしておそらく最後の)学者である。そこに意味深い時代相がくっきりと見えるからだ。日本人の人間性が露わにあらわれているからだ。「誰ともわからぬ裸の女性像や男性像が登場した時点で、銅像時代は終わったといえるかもしれない。戦後一世を風靡したヌード彫刻の時代が去ると、今度は抽象彫刻が台頭した」 往来が楽しい見世物になる。歩くとすぐにわかるが、奇想天外、目を丸くするようなものが、すぐ目の前にある。木下直之の書名にあるとおり、「近くても遠い場所」なのだ。人は見慣れたものを見て、それ以外は見ようとしない。「世の途中から隠されているもの」であって、先入見で目隠しされている。新しく見るためには視角に揺さぶりをかけないと、感覚が目をさまさない。 動物園巡礼の章に、旭川の旭山動物園の元園長の言葉が引用してある。動物が主体の、動物の目線でつくられた動物園で知られている。「動物をずっと見ていてください。人間のほうがおかしいと思うようになりますよ」。 大阪天王寺動物園には、仕込まれた芸で人気のあったチンパンジーが、セメントの像として残されている。芸人風の半纏を着て、帯に手をそえ、かぎりなく悲しげな顔つき。こういう像を押し立ててよろこんでいる人間というイキモノ。そのつましい報告書である。※週刊ポスト2019年3月15日号
2019.03.04 07:00
週刊ポスト
【大塚英志氏書評】シェア社会は弱者救済からの逃げ道
【大塚英志氏書評】シェア社会は弱者救済からの逃げ道
【書評】『社会運動 0円生活を楽しむ シェアする社会』/市民セクター政策機構/ほんの木/1000円+税【評者】大塚英志(まんが原作者) シェアリング、ということばをこの頃、よく聞く。去年、リベラルな新聞社からそのテーマで取材依頼を受けて会ってみたら、どうやらモノに憑かれた旧「おたく」の象徴としてのオマエに、物欲から解放された新思想に対して反省の弁を述べよという主旨が見え見えだった。 嫌なこったと、戦争中、その新聞が、家事や育児や調理器具などを隣組で共有しようという大政翼賛会のプロパガンダに乗った記事を書きまくったことを、その場で新聞社のデータベースに入り込んで実物を見てもらったが、あなたはシェアを否定するのかとかえってくってかかられた。そして記事になると、シェアビジネスの推進者と政府の民間委員っぽいことをやっている人のシェア礼賛のコメントの隣で、それを否定するぼくだけが浮いていた。 このシェア、という問題、このところ、政府周辺のビジネスに敏感な人々と左派の間の奇妙な共有のキーワードになっている。翼賛体制の時は、それは「協同主義」と言って、元左翼で翼賛会に流れ込んだ人たちが持ち込んだ思想だった。と、そう言うと多分もっと嫌な顔をされたんだろうが、リベラルな市民運動の機関紙で「シェアする社会」の特集を見るとやはり気になる。 隣保共助は、福祉や弱者救済からの政治の逃亡の言い訳なのになあ、今も昔も、とぼくは思う。ぼくにはシェア社会の礼賛は、要は自分らで解決しろという、一つ間違うとマイルドな自己責任論のような気がする。今、子育てや弱者救済に回すお金がないのは、オリンピックやイージス・アショアに無駄金使ってるからだろうと、正しい税の分配を主張すべきなのが左派の立ち位置ではないのか。 シェア社会を「運動化」するなら、そういう近隣のコミュニティが、一瞬でファシズムの下部構造に変わった歴史を踏まえておかないと、とぼくは思うけど、こういうことを言うから右からも左からも嫌われるんだろうな。※週刊ポスト2019年3月8日号
2019.03.02 16:00
週刊ポスト
【岩瀬達哉氏書評】ゴーン以前も絶対権力者作った日産の体質
【岩瀬達哉氏書評】ゴーン以前も絶対権力者作った日産の体質
【書評】『日産自動車 極秘ファイル2300枚 「絶対的権力者」と戦ったある課長の死闘7年間』/川勝宣昭・著/プレジデント社/1600円+税【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家) カルロス・ゴーンが日産を私物化する10数年前、日産は自動車労連会長の塩路一郎によって長らく私物化されてきた。23万人の組合員の頂点に君臨する首領は、現場の「人事と労務管理の実権」を押さえ、気に入らなければ平気で生産ラインを止めた。 信じられないことだが、思考停止に陥っていた経営陣は、そんな塩路を処分することもできず、逆に噛みつかれると、「ただうなだれて聞いているだけ」。経営不在の時代が続いていたのである。 貧しい家庭に生まれ、生活のために「ラジオ修理屋、ダンス教師など、いくつかの職業を渡り歩き」、明治大学法学部夜間部を卒業し、26歳で日産に入社した塩路が「学歴偏重の日産において」伸し上がれたのは、強烈な学歴コンプレックスと異常なまでの権力欲、金銭欲が原動力となっていた。 面子を保つためなら、社運をかけた海外事業計画にも難癖をつけ、進出のタイミングを遅らせた。「生産性は低落し、競争力で競合相手に水をあけられ」ても、塩路は涼しい顔で、会社は滅んでも組合は残ると豪語したという。労連の年間予算「約一六億円」から引き出した交際費で銀座や六本木のクラブを飲み歩き、週末には豪華ヨットで、愛人たちとクルージングを満喫するなどやりたい放題だった。「このままでは、本当に会社が危ない」。当時、課長だった著者は、信頼できる仲間7人に声をかけ、「『金と女のスキャンダル』にまみれた権力者のもう一つの素顔」をあぶり出し、「マル秘の『塩路会長ファイル』」を作ってはマスコミにリーク。「フォーカス」に掲載された愛人とのツーショットは、その成果のひとつだった。 塩路が失脚したあと、しかし彼ら8人の改革者は、経営陣から怖れられ、遠ざけられ、みんな日産を去っていった。彼らが戦っていた本当の相手は、会社の危機を他人事としてしか捉えられない日産の企業体質そのものだったのだろう。義憤と悲哀、理想と挫折が織り成す、痛快だが胸の痛む戦いの記録である。※週刊ポスト2019年3月8日号
2019.03.01 16:00
週刊ポスト
国内100万人も 『吃音』著者が語る当事者の苦しみ
国内100万人も 『吃音』著者が語る当事者の苦しみ
【著者に訊け】近藤雄生氏/『吃音 伝えられないもどかしさ』/1500円+税/新潮社 幼児の吃音は20人に1人の割合で発生し、消えずに残るケースが人口の約1%。この数字はほぼ世界共通で、日本には今も100万人近い吃音者がいる計算になる。『吃音 伝えられないもどかしさ』の著者・近藤雄生氏自身、宇宙飛行士や物理学者の夢を吃音ゆえに諦めた当事者。東大大学院修了後、就職を断念し、世界中を旅しながら物を書く道を模索した彼は、中国滞在中、〈一杯珈琲〉とどもらずに言えた日を境に症状が改善。今では片鱗すら窺えないが、言いにくい音は他の言葉に言い換えるなど、人知れず努力を重ねてもきたという。 大杉栄やマリリン・モンロー、田中角栄などなど、吃音を抱えて活躍する人は数多い。が、社会生活への不安や恐怖から死の誘惑に駆られる者も少なくなく、本書はそんな1人、高橋啓太氏の物語から幕を開ける。〈高橋啓太は、物心がついたころから思うように話すことができなかった〉〈「ぼ、ぼ、ぼ、ぼ……」とどもって話すと、同級生みなが笑った〉〈高橋はそのとき初めて実感した。どもるのは恥ずかしいことなのだ、と〉 吃音には主に「ぼ、ぼ」と同じ音を繰り返す〈連発〉、「ぼーく」と伸ばす〈伸発〉、「……(ぼ)くは」と頭の音が出ない〈難発〉の3つがあり、連発→伸発→難発と症状が進行しがちだという。高橋の症状も年々悪化し、高校も2年で中退。一度は人生を生きる意味を見失いかけた。3歳の娘の父親となった彼と著者が出会うより、18年前のことだ。「僕は2003年に旅に出る前、やはり吃音に関する記事を書いたことがあります。当時旅に暮らし、物を書くことで生きる道を模索していた僕にとって、それが初めて雑誌に載った文章でした。 そして2008年に帰国して、再度このテーマに取り組み始めた2013年の6月、NHK『バリバラ』の収録現場で高橋さんと出会った。彼は当時、僕も吃音でしたとは言えないほどどもっていて、なのに娘さんに話すときは平気だったり、症状にブレがあるのも吃音の難しさなんです。 僕自身は死のうとまでは思わなかったけれど、そのひと月後には札幌の新人看護師の男性が吃音を苦に亡くなられたこともあり、自分がテレビに出ることで吃音に悩む人の力になれればと言う高橋さんのことをもっと知りたいと思った。 実は彼はこの出演を機に名古屋で相談室を開く言語聴覚士・羽佐田竜二さんと再会し、治療に再挑戦するのですが、本書はそれから5年間の彼の変化を追った人生の記録でもあります」 古くは病院で扱われることもなく、しつけのせいにもされた吃音のメカニズムは、実は今も解明されていない。特に日本は脳機能の器質的研究自体手つかずで、自身も吃音をもつ九州大学病院の菊池良和氏や前述の羽佐田氏らがかろうじて臨床にあたっているが、〈治すのか 受け入れるのか〉で立場は大きく異なる。 例えば1966年設立の自助団体〈言友会〉では、1976年に伊藤伸二氏らが〈吃音を治そうとするべきではない。いかに受け入れて生きていくかを考えよう〉とする『吃音者宣言』を採択。近藤氏は〈本当にそうなのだろうか〉と違和感を綴る。「彼らの宣言は当時としては新しかったし、携帯もSNSもない時代に吃音者が連帯していく上で、大きな意味があったとは思う。ただ僕の経験から言うと、やっぱり治したいんですよ。いくら多様性が叫ばれようと、店員さんに今、この注文を伝えたいのが当事者で、僕もテリヤキと言えなくてチーズバーガーで我慢したりしてた。その点、羽佐田さんは治す派、菊池さんは受容派と、吃音者同士でも意見が分かれるんです」◆大事なのは物事を慎重に見る姿勢 高橋に無報酬での再診を申し出た羽佐田氏自身、警官時代に吃音で躓き、〈殉職〉すれば苦しみが解決するのではとすらよぎった。やがて言語聴覚士に転じ、〈流暢性形成法〉をベースに独自の発話法を開発した彼や、訪問歯科医の傍ら吃音者の就労支援団体を立ち上げた竹内俊充氏、〈障害者枠〉での再就職を選んだ技師など、考え方はそれぞれに違う。「本書では〈隔膜バンド〉とか、昭和期に多数登場した怪しげな治療法の話にも触れましたけど、ご自身の経験を元に独自の訓練法を編み出した羽佐田さん同様、そこには自分の成功体験を広く役立ててほしいという良心もあったと僕は思う。 それほど吃音というのは症状も悩みも人それぞれで、正解がないんですね。僕もごく親しい友人にしか相談できなかったし、家族にも悩みを打ち明けられない人は多い。そのわからなさを少しでもわかってほしくて、僕は本書を書いたんです」 初著書『遊牧夫婦』でも彼は旅先で出会った人々の姿を複眼的に綴り、結論を急ぐことを嫌うかに映った。「僕にとって吃音は人生を変えるほどの悩みだったけど、人にはそう見えなかったように、そう簡単にはわからないのが人間だからこそ、物事を慎重に見る姿勢を大事にしたいんです。そしてこの理解されない苦しみは吃音者に限らず、誰もが共通に抱えていることに、僕自身、これを書いて初めて気づいたのです」 終章に吃音最大の難点は、その〈曖昧さ〉と〈他者が介在する障害〉であることとある。吃音はそもそも〈他者とのコミュニケーション〉の中で生じ、〈相手に不可解に思われたり驚かれたりすることに対する恥ずかしさや怖さ〉が人間関係の質そのものを変えてしまうのが、最もつらいのだと。「ここでどもったら空気を乱すから笑っていようとか、相手も遠慮してるんじゃないかとか、それだけで会話の質って変わると思うし、昔は僕も自分だけが透明な膜の中に閉じ込められたような隔絶感を拭えなくて。その孤独感が仕事に就けないとか苛めとか、社会的な困難と相まって、吃音者を窮地に追い込むのだと思う。 ただ、本書に吃音の息子さんを持つお母さんが出てきますが、彼女が言うんです。〈苦労がある人、悩みがある人が、世の中をいいところにしているんじゃないかとも思う〉って。それも一つの真理かもしれないと、吃音だったからこの仕事に就いた僕自身、今は思えるようになった、かな?」 以前は我が子を他と比べ、できないことを数えてきたという彼女がそう思えるまでには、想像を絶する時間を要したはず。治すか受け入れるかといった二元論や、多様性という美句を超えて、各々の答えを見つけるしかないのは、人間誰しも同じなのだ。【プロフィール】こんどう・ゆうき/1976年東京生まれ。東京大学工学部、同大学院修了後、無職のまま結婚。2003年より夫婦でオーストラリアを起点に旅と定住を繰り返し各誌に寄稿。「僕は元々小心者で、たぶん吃音がなければイイ大学、イイ会社に入ればOKというような人生に安住していたと思う」。2008年帰国。京都に住み、『遊牧夫婦』『終わりなき旅の終わり』等を発表。理系ライター集団チーム・パスカルでも活躍。大谷大学、京都造形芸術大学非常勤講師。184cm、75kg、A型。■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光※週刊ポスト2019年3月8日号
2019.02.28 07:00
週刊ポスト
【山内昌之氏書評】日本史の一大転換点となった承久の乱
【山内昌之氏書評】日本史の一大転換点となった承久の乱
【書評】『承久の乱 日本史のターニングポイント』/本郷和人/文春新書/820円+税【評者】山内昌之(武蔵野大学特任教授) 承久の乱(一二二一)は、日本史の一大転換点である。この乱以降、武士が朝廷に代って権力を握り、六百五十年にわたって日本の政治に君臨することになった。また、近畿中心の西国の朝廷貴族に対して、東国の武士が優位に立った最初のモメントでもある。 名前の割に承久の乱の真相が知られていないのは、宇治と瀬田の戦闘があっという間に終わったからだ。本郷氏は、乱の見どころはその前段階にあり、後鳥羽上皇と北条義時という屈指の政治家の駆け引きや陰謀の数々を描いている。 なかでも、将軍源実朝を「官打ち」(意図的に高い官職に就ける)にして東国武士との間に亀裂を入れ、自らも「西面の武士」を育成して鎌倉幕府の力を削ごうとする上皇の手際が強調される。所領を一所懸命に守る東国武士は、源頼朝に次ぐリーダーとして義時の手腕を認めて京都に攻め上る。鎌倉勢は一万数千騎、朝廷軍は千七百騎というのが著者の見立てである。 乱後の処断は迅速である。前線で鎌倉勢に刃向かった武士や公家は容赦なく処刑された。後鳥羽上皇の敗因は、西国の守護とその動員力の実体を見誤ったことにある。 東国と違って頼朝に任命され関東から西国に下った守護たちは、在地の武士をまだ掌握しきれていなかった。東国武士の動員力と戦闘力にはかなわなかったのだ。著者に素朴な質問を二、三すると、膂力(りょりょく)衆にまさり、戦も厭わないほど敢闘精神も旺盛に見える後鳥羽上皇が何故に前線近くに本営を進め、錦旗もどきのシンボルを掲げて北条泰時らを威圧しなかったのかということだ。 実際、『増鏡』には鎌倉を発った泰時が戻ってきて義時に院御出兵とあらば如何と尋ねる光景が出てくる。父は、武器を捨て降伏すべしと答えたというのだ。朝廷とはそうしたものでないという一般論はよく分かる。ただ、院出兵ありせばシミュレーションはどうだったのか、泰時がいくら降伏を説いても欲深い東国武士は認めないのではないか等々、本郷氏の明解な説明を聞いてみたかったのだ。※週刊ポスト2019年3月1日号
2019.02.23 16:00
週刊ポスト
【著者に訊け】佐藤俊氏『箱根0区を駆ける者たち』
【著者に訊け】佐藤俊氏『箱根0区を駆ける者たち』
【著者に訊け】佐藤俊氏/『箱根0区を駆ける者たち』/1300円+税/幻冬舎 刊行日は昨年12月20日。つまり第95回箱根駅伝で東海大が青学大の5連覇を阻み、悲願の初優勝を飾る前から、『箱根0区を駆ける者たち』の著者・佐藤俊氏は結末を予期していた?「下馬評では昨秋の出雲駅伝と全日本を制した青学優勢とみる声が圧倒的でしたけど、現3年生に〈黄金世代〉を擁する東海にも十分勝機はありました。両角速(もろずみ・はやし)監督が今年の大会後、『前回の反省とチャレンジ』と語られたように、選手起用とピーキングさえうまくいけば、王者青学にも死角はあるはずだと」 本書では前回総合5位に沈んだ当時のチームに密着。晴れて走者となった者とサポートに回った者のドラマを各区間に並走させて記し、平均視聴率30%を超すこの国民的行事の舞台裏に迫る。例えば当時主務を務めた西川雄一朗は言う。〈自分らは、箱根0区なんです〉 そう。駅伝とは走者以外にも給水、付き添い、計測など、数々の裏方を要し、それを多くの場合は走者に選ばれなかった部員が担う残酷な競技でもあった。 東海大では昨年の4年生のうち、〈区間エントリー、3名。0区エントリー、13名〉。特に一度も箱根を走ることなく裏方に回った者の思いは、察するに余りある。スポーツライターとして活躍する著者には原晋監督及び青学陸上部の密着ルポ『駅伝王者青学 光と影』(2017年)もあり、自身も青学出身。それが東海に鞍替え(?)するとなると、嫌みの一つも言われたのでは?「確かに原監督には『お前、こっちの情報を流してないよな?』なんて茶化されましたが(笑い)、他校の情報は当然一切口外しません。そもそも僕が駅伝に興味を持ったのも神野大地君が4年生だった2016年の箱根で青学の強さに感銘を受けたのがきっかけです。ちょうどその頃、關颯人(せき・はやと)、鬼塚翔太といった高校駅伝の花形が東海大にこぞって入学し、彼らの入部動機やスカウティングにも興味を持った。 すると待遇もさることながら、監督の育成方針が入部の決め手になったらしくて。ご自身も教員免許を持ち、部員の競技人生を長い目で見た両角監督の人間教育や、箱根の2日間しか光が当たらない学生たちの日常に、関心が移っていきました」 青学・原監督が同陸上部専任の職員なら、佐久長聖高校教諭から東海大准教授に転じた両角監督は教員。また原氏は箱根必勝、両角氏は野村克也氏の〈人間的成長なくして競技力の向上なし〉を信条とし、学生の競技人生に主眼を置くなど、両者の監督哲学は対照的だ。「実は東海では規定タイムをクリアすれば何年生でも入部が許され、今回取材した4年生でも2、3年時に入部した子が少なくない。そこまで門を開く大学自体珍しいし、起用に関しても青学のように監督の〈勘〉などに頼らずタイムと実績でフェアに選ぶ大前提を学生と共有している点は、まさに教育者だと思います」 それだけに箱根を目標に励む学生に、〈サポート役をやってみないか〉と監督が切り出す瞬間が切ない。「4年生への取材は去年の箱根後、改めて個別に行ないました。彼らはバイトもできないし、SからDまで実績がランク分けされる中、下位の学生は合宿費も全額自己負担。最後の箱根で走れないだろうことを、学生本人も薄々気づいてはいるんです。そのモヤモヤを腑に落としてくれるのが監督の言葉であり、実は救いになってもいると思う」◆青春ドラマ的な予定調和はない さて当日。主務の西川は朝3時に起床。1区に出走予定の關を大手町待機所に伴い、〈最後まで走るフリして行こうぜ〉と声をかけた。実は故障明けの關はダミー登録で、〈情報戦〉や駆け引きは既に始まっていたのだ。 東海大は、箱根駅伝当日、平塚の望星寮が情報本部となる。0区の人員配置は女子マネ4年・鈴木すみれが部内の人間関係を勘案して割り振り、情報の集約や父兄の世話まで担うという。「彼女は駅伝がやりたくて東海大に入学し、西川主務に至っては九州学院高校時代のマネージメント能力を買われてスカウトされている。僕が知る限りマネージャー専任のスカウト枠がある大学は他にないし、その辺りも適性や人間性を重んじる監督の教育的姿勢の表れだと思います」 他にも4区・春日千速のセコンド役に徹し、〈あいつの背中を見送ると、なんかジーンときました〉と語る田中将希や、給水役として春日としばし並走、〈一緒に走れたことがほんとうれしかった。春日、俺を給水に選んでくれてありがとー〉と笑う同期の廣瀬泰輔など、0区走者も悲喜こもごもだ。「給水は任務が4つあって、(1)給水(2)監督の指示の伝達(3)前後のタイム差(4)自分の言葉で走者を励ますことなんですけど、廣瀬君は〈ごめん! 何も思いつかなかった。頑張れー〉と言って春日君を苦笑させるんです。感動的なことを言おうと思いすぎてしまって(笑い)。 もちろん部員同士の諍いもある。でも日常ではぶつかっても競技の面では認め合ったり、〈部活は教育〉である以上、いろんな人間がいていいというのが両角監督の考え方です。青春ドラマ的な予定調和が全く期待できないところも含め、とことんフツウの大学生なんです」 巻末掲載の進路を見ると、競技を続ける者や教師になる者など、人生はまだこれから。著者自身、プロとはまた違う学生競技の魅力に目覚め、黄金世代が4年になる来季や卒業生それぞれの成長を見守り続けたいという。【プロフィール】さとう・しゅん/1963年北海道生まれ。青山学院大学経営学部卒。出版社を経て独立、サッカーを中心に各誌紙で執筆。著書に『勇者の残像』『稲本潤一1979-2002』『中村俊輔リスタート』『宮本恒靖 学ぶ人』『越境フットボーラー』『駅伝王者青学 光と影』等。自身サーフィンやランニングを嗜み、現在は東京五輪に備え各種競技を取材中。「観戦するならボルダリングとか、新種目も面白いと思います」。175cm、68kg、A型。■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光※週刊ポスト2019年3月1日号
2019.02.23 16:00
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【嵐山光三郎氏書評】中国で1500年以上著され続けた怪異譚集
【嵐山光三郎氏書評】中国で1500年以上著され続けた怪異譚集
【書評】『中国奇想小説集 古今異界万華鏡』/井波律子・編訳/平凡社/2400円+税【評者】嵐山光三郎(作家) 中国で千五百年以上にわたって著されつづけた、超現実的な怪異譚集。妖怪、鬼、亡霊、死者がマスコット人形みたいにゴロゴロ出てくるから、ドキドキ。よくもまあシュールな話を思いつくなあ、こんなのアリ? と仰天して、そのシーンを読み返してしまう。 陶淵明(とうえんめい)といえば「帰去来辞」で故郷の田園に帰った文人として知られるが、陶潜の名で「地獄の沙汰も『腕輪』次第」という怪談を書いた。夫の遺体がむっくり起きあがって、妻の金の腕輪をつけてくれ、と頼む。冥土の役人に袖の下を渡すためである。「常春の異界」は、死者の極楽旅行記で、「浦島太郎」の龍宮城に通じる。こんな異界ならば、死ぬのが愉しみになる。 読みながら膝を打ったのは、「籠のなかの小宇宙」で作者は呉均(四六九~五二〇)。書生が口から若い女を吐き出し、若い女が聡明そうな若い愛人を吐き出す。中国古代の妖怪譚、仙人譚はファンタジックな迷宮をぐるぐる廻る。書生の肉体が、この世の裏切りでできているという不思議。 唐代の傑作は「枕中記」(フシギな枕の話。「邯鄲(かんたん)の夢」で知られる)と「美女になった狐」(狐の化身の美女と人間の男の恋)、恋する少女の分身の術「離魂記」など、奇想天外な物語展開である。 宋代の「居酒屋の娘」は、酒を飲んだ娘に祟られる怖い体験。鬼気がつよい女に惚れられたら西方三百里の外へ逃げないと死んじゃいます。明代に入ると「牡丹灯籠」(剪灯新話」)の怪談。三遊亭円朝がアレンジして「怪談牡丹灯籠」となった。こういう奇想小説26篇を井波律子さんが翻訳し、小気味のいい解説をつけた。26篇のうち17編が新訳である。 井波さんは『論語』『三国志演義』『水滸伝』などの訳者として知られるが、奇想小説が好きで、楽しみながら自在に編訳し、そのワクワクした呼吸が伝わってくる。この本を英訳して、トランプ大統領に読ませたら「トニカク中国人スゴイネ、ケンカシナイホウガイイヨ」と思うかな。トランプ氏は読解力がないからムリか。※週刊ポスト2019年3月1日号
2019.02.21 16:00
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【鴻巣友季子氏書評】文脈も意味もない純粋な存在への憧れ
【鴻巣友季子氏書評】文脈も意味もない純粋な存在への憧れ
【書評】『私に付け足されるもの』/長嶋有・著/徳間書店/1500円+税【評者】鴻巣友季子(翻訳家) わたしたちはコンテクストの海のなかに生きている。どんな行為にも事柄にも存在にも、なにがしかの文脈と意味が付加されてしまうものだ。なにかを「ただあるもの」として純粋に見るということが、わたしたち人間には出来ない。 人の目を通したとたん、希望的観測とか、悲観の先取りとか、うぬぼれとか(「わたしモテてる?」)、いじけとか、そんなものに事物は歪められる。洞察する動物である人間とその洞察の不器用さを、長嶋有は愛情をもって絶妙に描く。 十二編の本短編集に出てくる語り手や主人公には、アラフォーの女性が多い。夫婦の冷戦期をなんとかやり過ごした者、夫婦仲が壊れてしまった者、シングルらしき者、昔の恋愛の傷をまだ少し引きずっている者、次の恋に向かいたい者……。第一編「四十歳」に出てくるこんなフレーズが、各編に通底する、彼女たちのもどかしくも純な思いを表しているのではないか。「トラやライオンに襲われたいのでなく、物理的に大きな塊のようなそれに、嘘なく、誰のせいでもなく居られ続けたいのだ」 誰の「せい」でそばにいるとか、そういうのはもう御免。彼女たちは純粋な存在と不在にあこがれる。「白竜」という編では、アニメの魔法少女たちに帯同するぬいぐるみのような小動物がそばにいれば、それだけでなんだかいいのに、と思ったりする。「どかない猫」では、触れることがならない猫の純然たる在り方を尊重する。「桃子のワープ」では、交通誘導員として働く四十すぎの女性の、あちこちに飛ぶ視線や意識や記憶を追う。映画「戦艦ポチョムキン」の坂のシーンに始まり、桃子が気になる男性とともに、名前だけ存在する“不在”の農園に向かうところで終わる。 彼女たちは、そしてページを繰るわたしたちも、「後手を踏んだという焦りと、もう無理だという思いと、無理ではないのではないかという思い」に、ときおり微かに動揺するだろう。そっと揺らしてください、あなたの心。※週刊ポスト2019年2月15・22日号
2019.02.13 16:00
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【坪内祐三氏書評】還暦世代が青春時代に愛読した作家たち
【坪内祐三氏書評】還暦世代が青春時代に愛読した作家たち
【書評】『文士たちのアメリカ留学 一九五三~一九六三』/斎藤禎・著/書籍工房早山/2500円+税【評者】坪内祐三(評論家)『文士たちのアメリカ留学』、二重三重の意味で私には面白かった。私には、というのは昭和三十三(一九五八)年生まれで、アメリカンカルチュアー好きの青春時代を過ごし、福田恆存や江藤淳の文章を愛読し、安岡章太郎や大岡昇平のエッセイが好きで、庄野潤三や小島信夫の小説に親しんだ私には、という意味だ。 昭和三十三年生まれということは、「遠いアメリカ」〈(C)常盤新平〉を知っている。私が物心つくまでは海外(アメリカ)への渡航が自由ではなく、例外的に海外出張が多かった私の父が外遊するたびに多くの人たちが羽田空港で旅立ちを見送った。 紆余曲折あって成田空港が開港したのは昭和五十三年、私が大学一年生の時だ。当時雑誌『ポパイ』が大人気、すなわちアメリカ西海岸がブームで私の同級生たちも気軽にアメリカに出掛けていた(アメリカ好きでありながら古いタイプの人間でもあった私が初めてアメリカに行ったのは、昭和が終わりつつあった昭和六十年のことだった)。 高校時代に私は安岡章太郎の『アメリカ感情旅行』や江藤淳の『アメリカと私』を愛読した。その江藤淳が一九四五年八月十五日をめぐって、アメリカとの「無条件降伏」だったのか「条件付き降伏」だったのか、「戦後文学派」の人々と論争を行なったのは私が大学に入学する頃。 その少し前に村上龍の『限りなく透明に近いブルー』がベストセラーとなり、少し後には田中康夫の『なんとなく、クリスタル』がベストセラーとなった。江藤淳は前者を激しく批判し、後者を肯定した。それを分析して世に出た新しい批評家が『アメリカの影』の加藤典洋だった。 そのあたりのことを体感出来る最後の世代が今六十歳ぐらい、つまり私たちだろう。体感出来るが、しかし、全体像を俯瞰するには若すぎた。文藝春秋の名編集者だった斎藤禎(昭和十八年生まれ)はそれが出来る貴重な人だ。だからこれはとても大事な本だと思う。※週刊ポスト2019年2月15・22日号
2019.02.12 16:00
週刊ポスト
平穏はないし、みじめさもない、「老いを受け入れる」小説
平穏はないし、みじめさもない、「老いを受け入れる」小説
 一九三二年生まれの黒井千次の新作『流砂』は老いを描いている。この小説にも、老いの平穏はないし、といって老いのみじめさもない。ごく自然なこととして老いを受け入れる落着きがある。 語り手は「息子」。七十代になる。東京都外と思われる住宅地に妻と住む。子供は家庭を持っている。孫がいる。「息子」と同じ敷地内には、九十代になる「父」と「母」が暮している。老いの家族である。 老人には未来はない。過去が大事になる。どんな人生を生きてきたのか。年を重ねるほど老人にとって過去が重要になる。「息子」は「父」の過去を知りたくなる。「父」は検事をしていた。戦前、「思想検事」と呼ばれる、「思想犯」を取調べる仕事をしていた。「息子」はそのことを最近になって知った。戦前、思想、言論の自由がなかった時代に、父は「思想犯」を取締った。戦後の民主主義の時代に育った「息子」にとって父の過去は名誉あるものではない。 それでも、「思想検事」として「父」は何をしたか知りたい。老いた「父」と「息子」。それぞれにとって、未来よりも、それぞれが生きてきた過去が大事になるのだから。「父」の老いと「息子」の老いが次第に接近、対立、ときに融和してゆく。親子二代の老いを描く小説というのは珍しい。高齢化社会ならではだろうか。「息子」は「思想検事」だった「父」をただ責めようとしているのではない。「父」が生きた戦前という時代を考えようとしている。たまたま知り合った老女性が、自分と同じように「思想検事」を父に持っていたことを知って親近感を覚える。 平成が終わろうとしているいま、戦前は遠い過去になろうとしている。「思想検事」という言葉も歴史のなかで消えようとしている。 思想弾圧があった。転向があった。戦後の民主化があった。激動の時代を生きた「父」がいま舞台を去ろうとしている。その父の時代を知っている「息子」も老いてゆく。自分の子や孫はもう「疎開」も「国民学校」も知らない。まして「思想検事」がなんたるかも知らないだろう。 戦争が終って七十年以上になる。戦後に生まれた世代も、もうじき七十五歳、後期高齢者になろうとしている。 過去は老いの身から見れば、まるで夢、幻影、まぼろしではないのか。『流砂』という書名が、そう考えると重い。◆文/川本三郎(評論家)※SAPIO2019年1・2月号
2019.02.12 07:00
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三浦雄一郎が紹介するエベレストで読み不思議な力が湧いてきた書
三浦雄一郎が紹介するエベレストで読み不思議な力が湧いてきた書
 それぞれのジャンルをリードしてきた著名人たちはどんな本を読んできたのか? プロスキーヤーの三浦雄一郎氏が、「我が人生の書棚」について語る。 * * * 中学受験に失敗し、1年間浪人生活を送っている間、やることがなかったものですから、いろいろな本を読み始めました。最初に夢中になったのは吉川英治さんの『宮本武蔵』です。その後、世界の偉人伝をたくさん読み、ずいぶん勇気づけられましたね。以来、本が好きになりました。 世界の山に遠征に行くときも、数十冊の本を持っていきます。悪天候が続いて2、3日動けないようなときは、テントの中で本を読むに限りますから。持っていくのは山と関係ない本の方が多いですね。山の本はむしろ都会にいるときに読みます。山で読むのは小説、ドキュメント、エッセーと、ジャンルはさまざま。外は嵐が吹き荒れ、空気も薄いという極限状況の中で、作品の世界に引き込まれ、感動させられる本を読むと、自分の中に不思議な力が湧いてくるのを感じます。 これまでの人生で感動した本をあえて数冊挙げれば、まずサン=テグジュペリの『星の王子さま』。初めて読んだのは高校生か大学生の頃で、普通の童話のつもりで読み始めたら、ものすごく深い内容の物語だということがわかった。たとえば、物語の最後の方で、キツネが王子さまに言う〈ものごとはね、心で見なくてはよく見えない。いちばんたいせつなことは、目に見えない〉という言葉には深い真実が込められています。大人のための最高の童話、と言うべきでしょう。イマジネーションが豊かで、表現が楽しいのもいいですね。 同じ作者の『夜間飛行』、『人間の土地』は、世界七大陸最高峰からの滑降に挑戦し始めた30代の頃に初めて読みました。いずれも飛行機を操縦することがまだ命がけの冒険だった頃の話ですが、単なる冒険物語ではなく、人類愛を感じます。サン=テグジュペリの作品は自分の感性を磨いてくれました。 僕がエベレストから滑降したり、エベレストに登頂したりするきっかけとなったのが、1953年に人類で初めてエベレストへの登頂に成功したニュージーランド人エドモンド・ヒラリーによるドキュメント『わがエヴェレスト』です。 登頂の3年後に日本語訳が出てすぐに読みました。当時エベレストに登るのは月と同じくらい遠い世界に行く感覚だったので、登頂成功のニュース自体に興奮しました。そして、彼の本を読んで感動し、「冒険」「人類初」ということに強く憧れ、いつか自分も、という願望を抱いたのです。 それが最初に形になったのが、1966年の富士山での直滑降です。翌年、それに注目したニュージーランド政府から招待され、ヒラリーさんにお会いしました。お宅に飾ってあるエベレストの写真を見て、僕は「ここからスキーで滑ってみたい」と言いました。ヒラリーさんからは「人類は不可能に挑戦し、壁を越えてきた。君には可能性があるのではないか」と言ってもらいました。その夢を実現したのは70年のことでした。 サン=テグジュペリの本とともに、必ずと言っていいくらい山に持っていくのが開高健さんの本です。1950年代の末だったか、開高さんも僕も新聞社が選ぶ「これからの日本人100人」に入るなど若い頃から接点があり、『日本人の遊び場』などのルポルタージュを読んで大ファンになりました。 その開高さんの本の中でもっとも強烈だったのが『ベトナム戦記』。戦争の最前線に飛び込み、自らも生きるか死ぬかの目に遭いながら、蟻の目でつまり地べたを這うようにして世界を見てきた。その圧倒的なリアリティが凄い。イデオロギーを抜きにして人間の本質を見ていた人なのだと思います。開高さんの生き様は励みになりましたね。しかも、「日本語の魔術師」と言いたいくらい表現力が豊かで、独特なのも魅力です。 読書というのは、僕にとっては心と頭脳の最高の運動です。脳みそに汗をかくくらい夢中になって読める本に出合うと、最高の幸せを感じます。【プロフィール】みうら・ゆういちろう/1932年青森県生まれ。クラーク記念国際高校(通信制)校長。北海道大学獣医学部卒業。世界七大陸最高峰からの滑降、70歳、75歳、80歳でのエベレスト登頂などに成功。今年1月21日に南米最高峰アコンカグア(6962m)に登頂し、その後スキーで滑降することを目指す。※SAPIO2019年1・2月号
2019.02.09 07:00
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歴史研究家・本郷和人氏が選ぶ「元寇」等中世史の名著6冊
歴史研究家・本郷和人氏が選ぶ「元寇」等中世史の名著6冊
 新たな時代がまもなく訪れるいま、我々はどんな書物から現代日本を考えれば良いのか? 歴史研究家の本郷和人 (歴史研究者)が選んだ中世史の名著6冊を紹介しよう。 * * *「日本は、古代からひとつの言語を使い、ひとつの政権が支配し、ひとつの歴史、伝統を共有するまとまった国家だった」という言説がある。だが、それは間違いだ。そのようなまとまりのある国家が出現したのは、豊臣秀吉が1590年に、東国を支配していた北条氏を破り、全国を統一して以降だ。それ以前鎌倉幕府の成立から戦国時代の終わりまでの日本の中世を特徴付けるのは「分裂」である。 その観点から日本の中世を知るための名著6冊を選んだ。「どの国のどの時代も現代史である」という言葉がある。「分裂」の時代だった日本の中世を現代日本の鏡にすることで、統一された国家の長所と短所を考えてほしい。(1)『鎌倉時代』は鎌倉時代論の草分け的な書。戦前の実証史学は幕府研究は蓄積していたが、朝廷については解明していなかった。著者の龍粛は戦前から、膨大な史料を読み込み、朝廷の状況を分析した。その結果、鎌倉時代においては武力を表看板とする幕府と、政治、経済を表看板とする朝廷の、ふたつの政権が並立し、それが密接に関わり、交渉していたことを明らかにした。それを戦後の1957年にまとめたのが本書である。60年余り経つが、いまだに読む価値がある。 著者は、朝廷の状況を明らかにしたことで戦前の「皇国史観」に寄与した。だが、戦後に「皇国史観」が否定されても、実証的な手法によって導き出した歴史像を変えなかった。その姿勢に研究者の良心を見ることができる。(2)『南北朝の動乱』は南北朝時代についての多面的な研究。なかでも著者の佐藤進一が提唱した将軍権力の二元論将軍権力は主従制的支配権(軍事)と統治権的支配権(政治)のふたつから成り立つは、後の研究の源流となった。著者はそれを足利幕府(室町幕府)の成立を例に実証した。将軍についた尊氏は軍事を担当し、政治は弟の直義に任せるという役割分担から、将軍権力は軍事と政治のふたつを構成要素とすることがわかる。 今、近世史研究の分野で「二重公儀体制論」という考え方が有力になっている。関ヶ原の戦いから大坂の陣までは徳川の公儀(権力)、豊臣の公儀のふたつが並立していた、というものだ。だが、豊臣は全国に政治を行っていなかったし、大坂の陣で豊臣についた大名はいなかった。とすれば、将軍権力の二元論から考えると、「二重公儀体制論」には疑問符がつくのだ。(3)『蒙古襲来』は、13世紀後半の元寇を中心に叙述した鎌倉時代後期の通史。著者の黒田俊雄は、中世においても天皇を頂点とする統一国家があり、鎌倉幕府はそのもとで軍事を担う組織に過ぎなかったとする「権門体制論」の提唱者である。中世の権力構造についての考え方には、もうひとつ「東国国家論」がある。鎌倉幕府は東国を治める、朝廷からは独立した政権であるとする見方だ。その提唱者は先の『南北朝の動乱』の著者佐藤進一だ。「権門体制論」と「東国国家論」が対立するなか、それらとは異なる立場を取る研究者が出てきた。そのひとりが(4)『中世武士団』を著した石井進。本書は、都から離れたそれぞれの土地(地方、田舎)に根付いて生活し、活動した武士(在地領主)たちの姿を、『吾妻鏡』などの歴史書、『曾我物語』などの文学作品を使い、生き生きと描いている。 これを読むと、在地の武士たちが中央の権力から自立していた姿が浮かび上がる。その意味で、意図したものでないかもしれないが、結果として先の「権門体制論」に対する痛烈な批判にもなっているのだ。 もうひとり、国家の側からではなく、社会の側から歴史を語ったのが網野善彦。歴史の表舞台に登場しない海民、商人、職人、芸能民といった名もなき人々の共同体を描き、実はそこには、現代の我々が考える「自由」と「平等」がしっかりと息づいていたと訴えた。その網野史学の出発点となったのが(5)『無縁・公界・楽』だ。そうした自由で平等な世界は戦国大名の台頭によって潰されていき、そして完全に消滅するのが中世の終焉であるとした。 ただ、その後、網野はそうした民衆の自由で平等な共同体は近世にも生き残ったという近世論を展開していく。本書の内容と矛盾するとも取れるが、網野史学の歩みを知ることは楽しく、その出発点である本書は意義深い。 最後に挙げるのが、私が直接師事した五味文彦の(6)『躍動する中世』。それまでの中世史、中世論は政治や軍事から時代の変転を描くものが多かったが、本書は歌、モノ、文学、絵画、芸能などの文化に光を当て、文化がいかに時代を動かしたかを描いた。それまでの歴史学から発想を転換させ、人々の精神、息吹は文化にこそよく表れていることに着目して歴史を叙述した素晴らしい書である。【プロフィール】ほんごう・かずと/1960年東京都生まれ。東京大学史料編纂所教授。中世政治史が専門。東大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。『軍事の日本史』(朝日新書)、『考える日本史』(河出新書)、『日本史のミカタ』(井上章一との共著、祥伝社新書)、『日本史のツボ』(文春新書)など著書多数。※SAPIO2019年1・2月号
2019.02.06 07:00
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