現場が騒然とする中で、いち早く通報したAさんや、機転を利かせた対処で被害男性の命を救った若者には、亡くなっていた女性やスーツ姿の男性、そして黒い服の女がどういった関係にあるのか、もちろん、分かってはいなかった。
その後、約2時間半にわたって続いた事情聴取や、報道で明らかになったのは、白い服の被害女性が富岡八幡宮の富岡長子宮司で、スーツ姿の被害男性がその運転手。そして黒い服の女が、加害者である男女のうちのひとりであることだ。
だが、Aさんの証言には、決定的に欠けている重要人物がいる。事件を首謀したとされる富岡長子宮司の弟、富岡茂永容疑者だ。茂永容疑者は、妻でAさんらが目撃した黒い服の女と共に凶行に及んだあと、その妻を殺害し、自らも心臓を三度突き刺し、自死を選んだとされる。
つまり、ふたりの加害者が心中をはかったのは、Aさんが黒い服の女を目撃し、通報したあと、警察官が到着するまでの7~8分の出来事なのだ。
「夜10時過ぎに自宅に戻って、ニュースを見て、びっくりしました。こんな結末なのか、と。被疑者が死んでいた現場から数十メートルも離れていない場所に自分もいたのに、犯行の時刻、物音1つしなかったんです。それに、女を殺害するまで、男がいったい、どこで何をしていたのか……」
Aさんに話を聞いたのは、事件から約22時間後だったが、もっとも耳に残っているのは、あの「お前だけは許してやる」という声だと話す。
「とにかく強烈な声で、その声を聞いて家から飛び出てきた人もいたぐらいです。あの黒い女の、何か“やりきった”感を醸し出していた後ろ姿が、忘れられません」